映画音楽の本が続々
「○○が続々」とか「△△の動きが止まらない」という表現は、ちょっとした流行を書く時に新聞が使う見出しや出だしの文章だけれど、最近思うのは映画音楽の専門的な本が増えたこと。それも「思い出の映画音楽」などとは違い、音楽の専門家が書いている本が多い。
溝口健二の『近松物語』を授業で論じる時に役立ったのは、長門洋平著『映画音響論―― 溝口健二映画を聴く』。早坂文雄がこの作品で使う歌舞伎の下座音楽のメカニズムを、実に詳細に分析してあった。
最近読んだのが、高岡智子著『亡命ユダヤ人の映画音楽』。現在のハリウッド映画の音楽の基本となるのは、ナチスを逃れてアメリカに渡ったドイツ・オーストラリア系の音楽家たちが作ったとはよく言われることだ。ところが彼らの実態についてきちんと触れた本がなかった。
例えば、『スター・ウォーズ』シリーズの音楽はジョン・ウィリアムズ作曲の登場人物によるライトモチーフで有名だが、こうした音楽語法は20世紀前半にウィーンからアメリカにやってきたマックス・スタイナーやコルンゴルドの映画音楽を踏襲している。
『風と共に去りぬ』や『カサブランカ』で有名なスターナーの名前は知っていたが、彼がウィーンで音楽の英才教育を受けた後に1914年にアメリカにやってきていたとは知らなかった。音楽家に限らず、ドイツ系の映画監督はナチスを逃れて何人もアメリカにやってきたが、実はナチス到来前にやってきてアメリカでキャリアを築いた監督も多い。
例えばエリッヒ・フォン・シュトロハイムやジョセフ・フォン・スタンバーグやエルンスト・ルビッチは、ヒトラーが現れるずっと前にアメリカに渡っている。ルビッチだけはハリウッドに招待された形だが、シュトロハイムやスタンバーグは一からたたき上げている。スタイナーはその中間か。ウィーンでも有名だったが仕事に行き詰まり、アメリカで無声映画の伴奏やその作曲をしながら、トーキーの到来と共に代表的な映画音楽作曲家となった。
この本によれば、ハリウッドがヨーロッパ出身のクラシック音楽作曲家と契約した理由は3つ。「ひとつは、既存の音楽を映画に使う時は著作権が発生するため、できるだけオリジナル音楽を使いたかったから。次に、映画というアメリカが誇る新しい芸術に箔をつけるためにクラシック音楽の作曲家はうってつけだったから。最後にキャリアを積んだ作曲家を採用することで映画製作をスムーズに進めることができるからであった」
この本で驚いたのは、ハリウッドではなくニューヨークに行ったアイスラーやデッサウは第二次大戦後はレッドパージなどで、東ドイツに行ってしまったこと。そこでアンチ・ハリウッドの映画音楽を目指したという。アイスラーがアメリカ時代に書いた本は読んでいたのに、これは全く知らなかった。これについては後日。
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