« いまさら押井守:その(2) | トップページ | いまさら押井守:その(3) »

2017年1月18日 (水)

デザイナー・ノスタルジア:その(3)

新聞社で企画する美術展のポスター、チラシ、カタログなどのグラフィックデザインは、私が美術展を始めた1990年頃は「美術出版デザインセンター」を始めとした、いわゆる「美術カタログ会社」に丸投げをしていた。こういう会社は社内デザイナーがいて、実にうまく仕上げてくれた。

予算が大きい時は、適宜社外のデザイナーも探してきてくれた。多くは美術カタログ会社から独立した人で、美術展のことをよくわかっていたので、やりやすかった。

だから展覧会の中身以外関心のない美術館の学芸員も、元記者で何かと威張ってばかりいる新聞社の文化事業部員も、ちゃんとポスターもカタログも作ることができた。

私はそれが嫌いだった。どれも似たようなものに仕上がるから。矢萩喜従郎さんや木村裕治さんなどのようなカッコいいオフィスを構えている一流デザイナーとみっちり仕事をした後は、文字のフォントとか紙の種類とかにこだわるようになっていた。

しかしさすがに新聞社の事業部で、そんなに好きなデザイナーと組む余裕は予算的にも時間的にもなかった。そこで私は美術展は美術カタログ会社に丸投げし、映画祭のカタログは自分の好きなデザイナーと組むことにこっそり決めた。

映画百年の翌年、「ジャン・ルノワール、映画のすべて。」というルノワール全作品上映をフィルムセンターで企画した。その時頼んだのは、当時雑誌『スイッチ』などで有名だった坂川栄治さん。今ではブックデザインの大御所だ。

その時の180頁のカタログは、たぶん私が作ったなかで一番豪華だと思う。収録するインタビューのために、パリでフランソワーズ・アルヌールさんに会い、サンフランシスコ郊外でルノワールの息子のアラン・ルノワールさんに会って話を聞いた。アランさんは自宅に泊めてくれた。

なかに入れる写真を借りるために、ロスのUCLAの図書館に3日間籠って、ジャン・ルノワール・ペーパーを調べた。パリではシネマテークの資料室や『カイエ・デュ・シネマ』誌の事務所を始めとして個人の写真家の未亡人からも写真を借りた。

たぶん1000部作ったカタログを2000円で売ったと思うが、制作費はたぶん一部5000円くらいかかったのではないか。1996年の話だが、そんな無謀なことを許す余裕がまだ新聞社にはあった。というか、誰もコントロールしていなかった。

あれからまだ20年しかたっていないが、世界は変わってしまった。このカタログはまだ写植だったことを思い出した。

|

« いまさら押井守:その(2) | トップページ | いまさら押井守:その(3) »

文化・芸術」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/537538/64767883

この記事へのトラックバック一覧です: デザイナー・ノスタルジア:その(3):

« いまさら押井守:その(2) | トップページ | いまさら押井守:その(3) »