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2017年1月 6日 (金)

やがて悲しき山田正亮

竹橋の東京国立近代美術館は、私にとってもっとも近い美術館だ。ドア・ツー・ドアで20分くらい。ふと思い立って2月12日まで開催の「endeless 山田正亮の絵画」展を見に行った。この画家は、かつて妙な噂があったことで有名だ。

学歴を詐称したということもそうだったが、もっとすごいのは、1970年代末に急に有名になってから、それまでの作品を作り直し、年代を遡って世に出して画商に売ったという噂だった。

1929年生まれで50歳頃まで無名だった画家にいかにもありそうな話だけれど、真意のほどは定かではない。80年代の絵自体は私もすばらしいと思ったが、そんな噂のせいかどうか、大きな個展はなかったように思う。

さて今回は、1948年から1994年まで200点を超す油彩が並んでいる。最初はセザンヌかモランディを思わせるが、だんだんクレーのように抽象的になり、60年代からは初期のフランク・ステラのようなミニマリズムだが、色彩豊かな横線の並ぶ絵になる。

それから70年代にはロスコ風に幾何学的になり、80年代にはニュー・ペインティングの影響か、少し派手になる。いやはや、同じような絵を描き続けながら、少しずつずれてゆき、変容してゆくさまは、見事というほかない。これはとても後から作れるようなシロモノではないことは、必然的な変貌の過程を見ればよくわかる。

そのうえ、70年代までは詳細な制作ノートがあって、これも展示されている。1つ1つの作品のプランがカラーのデッサン付きでびっしりと書き込まれていて、丹念な追求の跡がうかがい知れる。

それでもどこか噂が断ち切れないのは、どの絵画もどこか海外の有名画家を思わせるところだろうか。国内ではどこの流派にもグループにも属さずに描いていたのに、あるいはそれゆえに、海外の影響が強かったのか。

だからこの真剣勝負の道のりを歩んでいながら、見ているとやがて悲しくなってくる。模倣から逃れられない日本の近代美術の運命を象徴しているような気がして。

常設も駆け足で見たが、その「やがて悲しき」の気持ちを引きずっていた。たまたま外国の観客が多かったので、彼らはどう思うかと考えたからだろうか。

ファッションも建築も映画も世界レベルのスターが日本から何人も出たのに、美術だけはなぜ出ないのか。例えばこれらの分野ならベストテンに日本人がまず複数入るのに、美術ではまず無理。そんなことまで考えてしまった。

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