デザイナー・ノスタルジア:その(4)
実を言うと、私が新聞社時代に作った映画祭のカタログは、ほとんどサイズが同じ。1995年に『光の生誕 リュミエール!』というカタログを木村裕治さんにデザインしてもらった時に、印象社という美術カタログ会社のMさんに、「縦目」「横目」を考えて紙を最大限に無駄に取るサイズを考えてもらった。
B5より少し横が広く、四角に近い。同時期に全国4ヶ所で開催した『ジョルジュ・メリエス 夢と魔法の王国』のカタログも木村さんにデザインをしてもらい、同じサイズで作った。
このサイズは、その後デザイナーを変えても踏襲した。今も開催されている「イタリア映画祭」のカタログも、実は同じ。唯一違うのは、1996年から翌年にかけて開催した「韓国映画祭 1946~1996」。
これは岩瀬聡さんという若いデザイナーをMさんから紹介してもらったが、7月に始まったこの映画祭は、私の企画ではなく、三百人劇場からの持ち込みだった。準備段階から問題が多く、明らかに赤字になった唯一の映画祭だったこともあって、同じサイズにしなかったのかもしれない。
その年の11月に始まった『ジャン・ルノワール、映画のすべて。』は、前に書いたように坂川栄治さんのデザインで同じサイズ。98年の「ピエロ・パオロ・パゾリーニ」もまた、坂川さんにデザインをお願いし、同じサイズで作った。
このパゾリーニ映画祭は、当初はローマのパゾリーニ財団から無修正のプリントを借りる予定だったが、交渉が決裂した。たまたま同時期にユーロスペースが10本ほどの権利を買ってニュープリントを作る予定だったので、少し時期を遅くしてユーロのお金でチラシやパンフを作った。
次の映画祭は、99年の「ハワード・ホークス映画祭」。これはフィルムセンターの岡島尚志さんの企画だったが、一緒にやることに。この時はチラシやポスター用に、山本容子さんにオリジナル版画を作ってもらった。『三つ数えろ』のハンフリー・ボガートとローレン・バコールの写真を使う予定だったが、ローレン・バコールの肖像権が問題となって、絵を描いてもらった次第。
このチラシとパンフのデザインは、山本さんの指定で渡辺和雄さんにお願いした。サイズはこれまでと同じ。確かこの時は山本さんの版画でテレホンカードも作ったはず。かなり人気が出たのを覚えている。
たぶん90年代半ばから2000年頃までが、仕事をしていて一番楽しかった。今考えると、30代の後半だった。
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