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2017年2月21日 (火)

試写会について語ろう:その(3)

試写会で見て、いつもカッコいいなあと思ったのは、数年前に亡くなられた今野雄二さん。夏に短パンをこれほどお洒落にはく人を見たことがない。記憶しているのは、彼が試写状が見つからない時に「それではしばらくそこにお待ちください」と立たされていたこと。

混雑する試写会では試写状がないと上映直前まで待たされることはあるが、顔のわかる著名人は別のはず。ところがその時の宣伝担当は、今野さんを知らなかった。

今野雄二と言えば、かつてはテレビにも出ていたイケメン評論家だった。大学生の時に11PMで映画の解説をしていたので、彼が褒める映画を見に行ったものだ。ところが今や彼を知らない宣伝担当もいるとは。今野さんが自殺したニュースを聞いた時、この場面を思い浮かべた。死んだ理由には、こんなこともあったのではないか。

「今ではオレの顔を知らない配給会社が多い」と、元読売記者の河原畑寧さんが嘆いていたのを思い出す。しかし、それが時代の移り変わりというものかもしれない。インディペンデントの配給会社はよく潰れる。1990年頃に、誰がヘラルド映画やシネセゾンが潰れると思っただろうか。

西武百貨店を母体としたシネセゾンは90年代後半になくなり、今世紀になってヘラルドは角川傘下になり、ギャガは2度も身売りした。フランス映画社、アルシネテラン、ムービー・アイ、シネカノンなどこの15年でなくなった会社は数多い。そういう会社からはみ出た連中が映画会社を作り、若いスタッフを雇う。なかなか映画記者や評論家の顔を覚える余裕はない。

そのうえ、存続している配給会社でも、宣伝部が小さくなった。その分、パブリシティの部分を映画宣伝専門の小さな会社やフリーのパブリシストに委託するようになった。今ではフリーの宣伝女子(男子も少し)が30人はいるのではないか。

同時に映画批評の影響力が弱くなった。とりわけ新聞の映画評はかつてのような力はない。観客はテレビやネットの評判やSNSで動く。宣伝部と批評の両方が崩壊してきたといえるだろう。

今では試写会に行くと、宣伝側もマスコミ側も多くは私の知らない人ばかりになった。マスコミと言っても高齢者が多く、いったいどこに書いているだろうかと思う。まあ、自分も人のことは言えないが。

もうそろそろ、試写会自体を考え直すべき時に来ているのかもしれない。

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