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2017年3月13日 (月)

『狂うひと』の狂気:その(1)

梯久美子著『狂うひと 「死の棘」の妻・島尾ミホ』を読んだ。『全裸監督』とは100%違う内容だし、こちらは読むのに苦労するが、同じように熱狂して読んだ。島尾ミホとはもちろん『死の棘』などの著者、島尾敏雄の妻。梯久美子は『散るぞ悲しき―硫黄島総指揮官・栗林忠道』(2005)が良かったので、期待して読んだ。

一読し、期待を遥かに上回る出来だと思った。ミホとの生前のインタビューを中心にしたノンフィクションかと思ったが、死後に残された敏雄とミホの日記などを丹念に作品と照合して分析した画期的な評論と言った方がいいだろう。

この本は「「そのとき私は、けものになりました」/まるで歌うように島尾ミホは言った」という言葉で始まる。2006年2月の4回目のインタビューのこと。「そのとき」とは1954年にミホが夫の日記を見てある女性との関係を知った時で、「昼夜の別なく夫の不実をなじり、問い詰める毎日が始まった」

敏雄の『死の棘』はまさに気の狂った妻に責められる小説家の日常を綴ったものだが、この小説のウラには知られざる事実がいくつも転がっていたことがこの本で明らかになる。

梯久美子は、ミホが2007年に亡くなったうえ、その直前にインタビューを本にするなと言われていたので諦めていたが、ミホの死後に敏雄やミホの日記や手紙、草稿、写真など膨大な一時資料が出てくる。彼らの息子の伸三は、梯にその資料を見ることと、自由に伝記を書くことを許可する。「ただ、きれいごとにはしないでくださいね」

まず、残された資料から取られた各章の扉の写真がすごい。序章は1955年に敏雄が書いた手書きの血判入り誓約書の写真があり、以下のように書かれている。

 至上命令

 敏雄は事の如何を問わず、ミホの命令に一生涯服従す(大きな字)
 如何なることがあっても厳守する 但し病気に関しては医師に相談する(小さな字)
                                         敏雄(ここに血判)
 ミホ殿

これは『死の棘』にあったと思うが、手書きの実物は迫力が違う。全12章の扉の写真を見るだけで、頭がクラクラしてくる。この本の面白い点は大きく言うと2つ。まず愛人の足跡を追いかけて、この恋愛自体が敏雄が小説を書くために仕込んだことを明らかにしたこと。さらに妻にはわざと見やすいところに日記を置いて、読ませて狂わせたことをも示す。もう一つはミホの「奄美の巫女の血を引く神秘的な少女」というイメージに異を唱えたこと。

これを読むと、『死の棘』のイメージが完全に変わることは間違いない。

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