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2017年3月15日 (水)

『狂うひと』の狂気:その(2)

筆者の梯久美子が、島尾敏雄は妻に読ませるために日記を書いていたのではと考えたのは、2008年に会った敏雄の友人の話からだ。敏雄は九大時代に、下宿の女中に気があるようなことを、読まれることを前提に日記に書いて机の上に置いていたという。

「島尾は自分の情事について書いた日記を、わざとミホさんに読ませたのかもしれない」「何のためにですか?反応を観察して、小説にするためですよ」「例の『死の棘』の愛人も、島尾のほうから相当熱心にアプローチしたようですが、それだって、小説を書くためだったかもしれないと僕は思います」

そしてこの友人は、愛人と親しかった稗田という女性を紹介する。稗田はまず「川瀬さん(愛人の仮名)はあの小説の犠牲者だと思っています」と言う。そして『月暈』という小説を読むよう勧める。夢を書いたようなシュールな小説だが、よく読むとそれはほとんど敏雄から川瀬へのラブレターと読める。川瀬とミホが読むことを前提に書かれたという。

東京時代の敏雄を知っている女性作家の松原一枝は、それを「藤十郎の恋」と呼ぶ。これは「菊池寛の小説で、上方歌舞伎の坂田藤十郎が不義密通する男の役を演じるため、人妻であるお梶に恋を仕掛ける話である」

川瀬は『死の棘』を読んで松原に「自分がひどい描かれ方をしている」と怒ったという。ミホは日記の「17文字」を読んでから、「途方にくれた私はある日そっと私立探ていの扉をたたきました」(未発表のミホのメモ)

そこでミホは、相手の写真を見て住所、名前、42歳という年齢を知る。川瀬は若い頃の三宅邦子に似た美人で既婚だったが、その後ミホは川瀬に似た顔つきの女や40代の女を見るだけで、発作が起こるようになる。

そのうえ、ミホは『死の棘』の清書をさせられていたのだからすごい。この本に愛人のことがよく書かれていないのは当然だろう。川瀬は離婚し、「不幸な死に方」をしたというのが、亡くなった川瀬の娘に会った松原の言葉である。

なぜそんなことを敏雄はしたのか。「島尾が作家としてコンプレックスに感じていたのは、みずからの「業の浅さ」である」「業の浅い自分には悪や滅亡さえ訪れず、だから「小説を書く必然的な立場が無い」という」

そして無理に愛人を作り、その過程を日記に書いて妻に見せて狂気に追い込み、それを書く小説を妻に清書させる。『死の棘』が、こうした壮絶な自作自演だったとは。

ミホは敏雄の死後、日記を出版する。オリジナルの日記は誰にも見せずに。それには川瀬に関わる部分が丁寧に削除されていたことを、日記の原本と突き合わせた著者は指摘する。

改めて、『死の棘』を読んでみたいと思う。たぶん30年は読んでいないので。

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