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2017年3月20日 (月)

恩人の話:その(1)

教師になってから「先生のおかげで」という言い方をされることがある。私は何も特別なことをした覚えはなくても、相手がそう思ってくれるのだから、特に否定はしないけれど。そんなこともあって、自分にとって恩人とは誰だろうかと考えてみた。

中学までは、特に恩人というような人はいない気がする。高校生の時は、現代国語の西原先生によって多くの本を読むことを学んだ。加藤周一、森有正、林達夫の3人の思想家を高校生の時に全集まで買って読んだのは、この先生の影響だろう。これは、その後ものを考える基礎となったと思う。この3人はみなフランス語ができるのも、その後の進路に影響したと今になって思う。

大学生の時は、何と言ってもフランス語のブーヴィエ先生。この68年5月革命世代のフランス人は、偉そうにご託を言う前に、まず行動することの重要性を教えてくれた。

まず3年生の夏休みに、八王子で行われたフランス語の合宿に参加することを勧めた。そこで私は東大、東外大、上智、学習院といった大学の仏語を学ぶ学生と知り合い、そのレベルの高さに驚いた。その中には今でも連絡を取り合っている友人もいる。

その秋には、京都外大の仏語弁論大会に参加した。これはブーヴィエ先生が、東京の仏語弁論大会はレベルが高いからこちらがいいと勧めてくれた。原稿の原案は私が書いたが、彼が完全に書き直した。そのうえ、週末には彼の家で演説や質疑応答の練習もやった。そのおかげで優勝して、フランスの往復航空券とディジョン大学夏期講座無料券をもらった。

12月には、彼のアドバイスでサンケイスカラーシップという給費留学生試験も受けた。ブーヴィエ先生が学んだパリ第3大学は映画研究学科もあったので、映画の好きな私はそこをめざすというストーリーを彼が考えてそれで応募した。大半の応募者は仏語や仏文学の研究が目的だったので、映画は珍しいと採用となった。

だから4年生の時は、春休みに2週間パリに行き、8月からディジョン大学、10月からパリ大学に翌年の7月まで行くことができた。もちろんそれらの大学とのやり取りの手紙も、全部ブーヴィエ先生が添削してくれた。

若い頃にパリで1年過ごしたのは、私の人生にとって大きな影響を及ぼした。だからその機会に導いてくれたブーヴィエ先生には感謝しても感謝しきれない。たぶんそんなことは彼は覚えてもいないかもしれないが、今度会う時には改めて感謝しなくては。

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