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2017年3月 7日 (火)

『僕とカミンスキーの旅』の妙な魅力

4月29日公開のドイツ映画『僕とカミンスキーの旅』を見た。『グッバイ・レーニン!』(2003)で話題になったウォルフガング・ベッカー監督の12年ぶりの長編と言う。彼は05年にベルリンで会った時に今後の企画について話を聞いたので、気になって試写を見た。

ベルリンでは「毎月新しい企画がやって来るが、全部断っている」と言っていた。1本で時代の寵児のようにもてはやされたことに、うんざりしているように見えた。

彼は1954年生まれだからまだ60歳と少しだけれど、私は『僕とカミンスキーの旅』を見始めて一番に思ったのは、カミンスキーは監督自身のことではないかということだ。この監督と会った時に、ジャーナリストを馬鹿にしていたこともある。

映画は、スイスの山奥に住む伝説の天才画家カミンスキーと、彼を取材して伝記を書こうとする若手美術評論家のゼバスティアンの出会いと珍道中を描く。ダニエル・ブリュール演じるゼバスティアンはいかにもインチキ臭く、美術にはくわしくないうえに、金がなくてコソ泥まがいのことをする。

まず、冒頭のカミンスキーを語る5分ほどの映像に驚く。彼がピカソやマティスからウォホールまでの巨匠たちと交わりながら活動してきたことをフェイクの映像で見せる。ちょうど『市民ケーン』の始まりのよう。

それからゼバスティアンがカミンスキーに会う様子を、彼が取材のために出会った多くの関係者の語りの映像を目まぐるしく交えながら見せてゆく。だんだんそれが、妄想も含めて彼の頭の中で作り出される映像ということがわかってくる。

映画のトーンが変わるのは、ゼバスティアンがカミンスキーのかつての恋人テレーゼの話をしてから。カミンスキーは興味を示し、ゼバスティアンは彼の娘に内緒でカミンスキーを連れ出す。そこに加わる変な男(ドニ・ラヴァン)。ジェラルディーン・チャップリン演じる老いたテレーゼに会うシーンはなかなか感動的だし、そのあたりからカミンスキーが実はただの盲目の老人ではないことがわかってくる。

カミンスキーを演じるイェスパー・クリステンセンが抜群にいい味を出す。ボケているようで、実は海千山千のファンキーな老人を好演。彼とダニエル・ブリュール、ジェラルディン・チャップリン、ドニ・ラヴァンなどの個性派たちとの組み合わせも楽しい。

映画としては相当にトリッキーだが、考えてみたらもともと『グッバイ・レーニン!』の時からこの監督はそうだったのだ。ラストのクレジットで出てくる20世紀のフェイク美術史も楽しいし、妙な魅力を湛えた映画だと思う。私は東京ステーションギャラリーで開催中の「パロディ、二重の声」展を思い出したが、こちらは後日書く。

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