『息の跡』のブリコラージュ
小森はるか監督のドキュメンタリー『息の跡』を劇場で見た。「朝日」の「折々のことば」で鷲田清一さんが、この映画で使われる一言を取り上げていた。そこで、蓮實重彦さんが同じく「朝日」で絶賛していたことを思い出し、慌てて見に行った。
ポレポレ東中野は、平日でも人が多い。明らかに地元の普通の中高年層がドキュメンタリーを見に来ている感じ。そのうえこの映画を見に行った日は「映画の日」で千円だったせいか、平日の昼間なのにほぼ満員だった。
映画を見た感想は、佐藤真監督の『阿賀に生きる』を公開時に見た時に近い。カメラが撮られる対象と極めて近く、えんえんと退屈な日常が続くうちに、だんだんおもしろくなっていくと言ったらいいのだろうか。
映画には、終始ヘンなおじさんが写っている。地震後の荒れ果てた陸前高田市にポツンと立つ一軒家で「佐藤たね屋」を開く佐藤さん。彼は監督の若い女性と絶えず会話をしながら、自分の日常を語る。
彼は英語で地震の手記を出版した。そしてその中国語版を作っている。本業は種屋で種を売ったり、苗を育てたりしているが、その合間に何かに憑かれたようにパソコンで手記を書く。
彼はこれまでに世界中であった津波の事例を全部記憶しており、監督の女性に語りかける。女性は「うん」「違う」とかいわゆるタメ口だが、佐藤さんは気にせず話し続ける。
彼は日本語だと余計なことを書くから英語がいいと言う。英語の方が記録として重要とも。そして中国語やスペイン語にもトライしている。この恐るべき好奇心とエネルギー。
「播きどき 植えどき 買いどき」「たね なえ」などと赤や緑で書かれた手書きの看板も味がある。井戸も自分で掘ったという。英語の記録集と同じく、すべて手製の活動だ。佐藤さんは、いつも手と口を動かしている。
まさにレヴィ=ストロースの言うブリコラージュ=器用仕事そのもの。すべてを自分の手で動かす原始人のような男が、地震の英語の記録集を朗々と英語で読み上げるのだから。カメラは追いかけるのに精一杯。
最後に復興の進む町を背景に、彼が書いた英文が文字で出てくる。和訳も出る。「母国語で書くことはできなかった 日本語だとあまりに悲しみが大きくなるから」「津波浸水地の最前線で私はたね屋を再開した 亡くなった方々の魂が私に宿り 私を行動に突き動かしたのだ そしてこの文章を書かせたのだ」
最後に佐藤さんはたね屋を解体し、井戸を分解する。その場所が復興計画で使われるから。何という結末。今、必見の映画だろう。
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