『サバイバルファミリー』の新境地
矢口史靖監督の『サバイバルファミリー』を劇場で見た。実は予告編を見た時はあまり期待していなかった。ところが今回見てみたら、予告編のイメージをはるかに上回る映画だと思った。
予告編だと、電気が止まった世界をこの監督らしいバカバカしいユーモアで見せることに重点が置かれていた。ところが実際は悲劇と喜劇が折り重なったような展開で、この監督の新境地だと思った。
映画は東京の全体で大停電が起こり復旧の見通しがたたないことから、小日向文世演じる中年サラリーマンと妻(深津絵里)、2人の子供は妻の実家の鹿児島へ行くことを決心する。
最初は羽田に自転車で行って飛行機に乗ろうとするが、飛行場は閉鎖されており、結局東名高速を自転車で行く羽目に。奇想天外な事件とさまざまな出会いがあって、一家は101日目に祖父のもとにたどり着く。
最初は笑いながら見ようとしていたが、東名高速を歩く大量の避難民の群れを見ているうちに笑えなくなってしまう。トンネルで盲目の老婆に案内をしてもらったり、大阪の水族館の庭で中の魚を調理して炊き出しをしていたり。
岡山のあたりで養豚場の主(大地康雄)に親切にしてもらった時の、ご飯を食べたり風呂に入ったりする瞬間の嬉しさはストレートに伝わってくる。家族で豚を追いかけ、その巨大な肉をさばく。この家にこのままいるのかと思いきや、さらに西を目指し、川で遭難してしまう。
こう書くとずいぶん真面目な話に見えるし、実際川での遭難シーンなどはドキュメンタリーのようなのだが、随所にユーモアが込められている。最後の最後まで笑っていいのか泣いていいのかわからないまま続き、見終えた後に充足感が残る。
電気がこんなに長く止まること自体あり得ないだろうし、その際には稼働するはずの自家発電の電気もあるだろうけれど、映画はそのような科学的な考察にはあえて立ち入らない。「もしすべてが動かなかった」という仮定のもとに作られたフィクションだし喜劇仕立てなのだが、その細部は何ともリアルに満ちている。
原案・脚本・監督の矢口史靖は、メジャーの枠内でこれまでになかった新たな映画を1人で作ろうとしているようだ。
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