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2017年4月20日 (木)

今頃読む『ねじまき鳥クロニクル』

この3月初めにWEBRONZAで『騎士団長殺し』の書評を書いた時に、『ねじまき鳥クロニクル』(1994-95)との類似を指摘する文章をネットでいくつか読んだ。実はこの小説は買ってあったが、冒頭しか読んでいなかった。

なぜ冒頭でやめたかというと、出だしがあまりにもバカバカしいと思ったから。

「台所でスパゲッティをゆでているときに、電話がかかってきた。僕はFM放送にあわせてロッシーニの『泥棒かささぎ』の序曲を口笛で吹いていた。スパゲティをゆでるにはまずうってつけの音楽だった。
 電話のベルが聞こえた時、無視しようかとも思った。スパゲティはゆであがる寸前だったし、クラウディオ・アバドは今まさにロンドン交響楽団をその音楽的ピークに持ちあげようとしていたのだ」

こんなスノッブな文章を読んだら、誰だって逃げ出すだろう。40代半ばの男がこんなことを書いたら、蓮實重彦でなくとも「結婚詐欺」と言いたくなる。世界各地で人気があるというのは、この程度のことなのかと。

主人公の岡田が会うのは、加納マルタとその妹の加納クレタ。岡田がマルタと最初に会ったカフェで注文するのはペリエ。途中で岡田が仲良くなる母子は赤坂ナツメグと赤坂シナモン。岡田とナツメグの間の想像上の子供はコルシカ。ふざけるのもいい加減にしろというくらいの、西洋風の名前ばかり。

2つの小説の骨格はかなり似ている。主人公は妻がいなくなり、何とか連れ戻そうと考える。妻の不在に奇妙な天才的な男が介在する。妻を取り戻そうとする戦いは、井戸(または穴)から別世界へ移動することで実現される。どちらも10年ほど前のことを語る。第二次世界大戦中の日本兵が出てくるのも共通している。

違うのは、『騎士団長殺し』はすべてが予定調和であることと、名前も含めて日本風であること。『ねじまき鳥クロニクル』は、妻を取り戻すことができるかというサスペンスが最後まで持続するが、『騎士団長殺し』は妻が戻ってきてから、過去を振り返る形を取る。

そのサスペンスに加えて『ねじまき鳥クロニクル』には、明らかな敵が存在する。妻の兄で超エリートの綿谷昇は、岡田から妻を引き離す犯人である。終盤、岡田はバットで綿谷を殺すに至る。それは夢の中のできごとのようではあるが、社会の悪を正す勇気ある行為のように見える。

第二次世界大戦中の話にしても、『ねじまき鳥クロニクル』の方が何倍もリアルだし、それが赤坂ナツメグというキーパーソンと結びつく。『騎士団長殺し』の亡くなった日本画家の戦時中の話は、現代につながっていない。

和風になり、予定調和的になったことが村上春樹の成熟だとしたら、昔のスノッブな結婚詐欺師の方がまだよかったかもしれない。


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