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2017年4月11日 (火)

江戸のパノラマから山崎博へ

東京都写真美術館で5月7日まで開催の「日本写真開拓史」展を見た。「朝日」の夕刊で紹介されていた時、《愛宕山から見た江戸のパノラマ》の横に長い写真が載っていたから。江戸時代末期、1863-64年の江戸の町を一望に見下ろす写真を見たくなった。

会場に行くと、2階にその拡大写真があった。これを見ると、何だか江戸時代の空気を吸っているような気分になる。
当たり前だが、そこには高い建物がない。ひたすらに瓦の屋根が並んでいる。屋敷か倉かわからないが、何十メートルも横に広がった建物もある。

この写真一枚で、江戸がどんな街だったか、本当にわかる。ところどころに森のような木々の茂った場所もあるが、あとは一階建ての瓦屋根の建物がびっしりと並んでいる。この頃の江戸は、何と調和に満ちて美しかったのだろうか。わずか150年ほど前なのに。

展覧会は、1850年代に外国人最初の日本人を撮った写真に始まり、1890年代の写真までが並んでいる。最初はナダールがパリで撮った1964年の第二回遣欧使節のサムライたちに代表される、異様な日本人像。

すぐに下岡蓮杖など日本人が写真を撮るようになり、外国人向けに日本の風俗を写す。あるいは皇族や勝海舟などのセレブのポートレート。それからだんだん日本各地の風景や機関車や学校や運動会に目を向ける。山形の田舎もあれば、小笠原島や台湾にも行って撮っている。

あるいは大仏とか仏像とか、日本の伝統にも目を向ける。ポートレートから風俗へ、そして時代の記録へと写真は進化する。

「朝日」にも書かれていたが、この展覧会は日本各地に残った江戸末期から明治初期の写真を調査した結果で、地方の聞いたこともない博物館や図書館や文書館の写真も多い。まさに当時の日本のそのままを残す、本当に貴重な資料ではないか。

同時期に開催中の「山崎博/計画と偶然」展は、現代の写真家の展覧会だが、何か共通するものを感じた。太陽や水平線や桜などを長時間露光などを使って撮った人工的な写真ばかりだが、それゆえに世界の真実がふいに露呈する。

現代の写真家が抽象的な思考を凝らして撮った写真だが、副題にあるように、どこか偶然の世界のいたずらのように見える。それがなぜか、必死で具体的なものを追いかけていた150年前の写真と繋がって見えた。

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