『無冠の男 松方弘樹伝』がいい
友人に勧められて読んだのが『無冠の男 松方弘樹伝』。著者の伊藤彰彦氏は、同じ友人が読めと言った『映画の奈落 北陸代理戦争事件』が抜群だったので期待して読んだが、今回も十分におもしろかった。
松方はこの1月に亡くなった。この本はその1年ほど前に3日間、合計20時間インタービューしたものを、プロデューサーや監督、殺陣師などへの追加取材を加えてまとめたもの。亡くなる前に間に合わせようとしたが、できたのは2週間ほど後のようだ。
この本はどこを切ってもおもしろいのだが、問題は私が松方弘樹の出た映画をあまり見ていないこと。Vシネを含めると200本ほどあるのに、たぶん『仁義なき戦い』など10本ちょっとしか見ていない。それでも彼の「濃い」顔は長年テレビに出ていたこともあって、鮮明に浮かぶ。
読んで心に残ったのは、気取ったところのない、清々しい姿だ。松方弘樹と言えばスキャンダルのイメージが強いが、ここに書かれたどの言葉をとっても、あけっぴろげで素直で誠実な人柄を彷彿とさせる。
俳優になった理由は「洋酒、洋モク、外車にいい女が手に入るから」で、「辰兄ィ(梅宮辰夫)ともよくしゃべるけど、僕らの世代はみんなそうだって」
彼は俳優や監督をみんな愛称で呼ぶ。父親は俳優の近衛十四郎だが、何とこの本ではいつも「近衛さん」。勝慎太郎は勝プロ社長だったから「オーナー」、鶴田浩二は「鶴田のおっさん」、若山富三郎は「富兄ィ」、菅原文太は「文ちゃん」。
「鶴田のおっさんですが、あれだけ間がいい、いい映画もいっぱいある人なのに、同時代に石原裕次郎というとんでもないスーパースターがいたからその陰になって、自分が育てた高倉健に肩を越されて、亡くなった時も、裕ちゃん、健さんほどには騒がれなくて」
高倉健には冷たい。「健さんは長セリフが苦手ですから、現場に行って突然、自分のセリフを僕にフってくるんです。前日に言うんならいいですよ」「弘樹ちゃん、このセリフ言って」「いや、先輩のセリフです」「僕、監督に言うからさ」って。さすがのマキノ先生も、当時、飛ぶ鳥を落とす勢いの健さんですから、「健坊が言うんや。言った通りにしてやってくれ」って僕に言うわけです。僕はずいぶん健さんのセリフを引き受けましたよ」
書き写していると、東映京都の濃密な雰囲気が蘇るようだ。この本には任侠映画から実録もの、そしてVシネからたけしや三池崇史との仕事まで、時代劇やヤクザ映画の衰退の歴史をたどるような松方の活躍が、彼の言葉で語られる。
最後にもう一つ。「僕がいままで出会った人のなかで、人間のパワーという点で、田中角栄と稲川総裁は断トツです。……かたや総理大臣、かたややくざの親分ですけど、僕は役者ですから、総理もやくざも関係ない」
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