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2017年4月 2日 (日)

インド映画『裁き』の視線

7月公開のインド映画『裁き』を見た。昨年5月にパリにいた時に公開されて高い評価を得ていたが、見ていなかった。今年ようやく30歳になるチャイタニア・タームハネーという若い監督の映画で、相当の実力派である。

映画は、65歳の歌手カンブレが、ある時自殺を煽る歌を歌ったという罪状で逮捕される裁判を追う。その弁護士、女性検察官、中年の裁判官が裁判所で陳述を繰り広げる。

冒頭に、この歌手の迫力満点の舞台が出てくる。その直前まで小学校で教えていて、バスに乗って掘っ立て小屋の劇場に向かう。歌っている途中に警官に拘束されるが、ロングショットで見失いそう。

このクールなロングは、裁判でも何度も出てくる。まるで観客は裁判所の傍聴席に座っているよう。その冷めた感じは、その後の検察官や弁護士の私生活を追うショットでも淡々と続く。

官僚的な女性検察官は家庭では普通の母親だが、家族で見に行く芝居はよく見るとヘイトスピーチに近い。良心的な弁護士は親と仲が悪く、恋人もできない。

歌手のカンブレの2度目の裁判が終わり、真っ暗になった法廷がじっと写されるシーンは印象に残る。ここで終わるかと思ったら、映画はそれから裁判長の家族との夏休みを淡々と写すこと。なかなか進歩的に見えた裁判長の実像が見えてくる。

もちろん、インド社会の現状は外国人が見てもよくはわからない。それでも監督が静かに凝視する視線の強度は伝わってくる。考えてみたら、この歌手が逮捕される破壊活動防止法は、今、日本で法案が審議中の共謀罪法案に近い。そうなると、カーストの国インドの問題ではなく、急に身近に思えてくる。

裁判長や弁護士などが中心の法廷劇だが、裁判で証言する、下水道掃除の夫が死んでしまった未亡人の怒りと諦めの表情など、インド社会の日常への鋭い眼差しが細部を構成している。こんな地味なインド映画が公開されるとは、素晴らしい。


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