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2017年4月24日 (月)

カンヌの保守性を考える

フランスでは大統領選の第一次選挙の結果が出たが、今日はカンヌ国際映画祭について触れたい。これまではまじめに考えることはなかったが、去年はラインナップ発表の記者会見にも出て、実際に映画祭に行ったので、いろいろ考えるようになった。基本的にはそのセレクションは極めて保守的だ。それは今年も変わらない。

今年は日本映画だと河瀨直美の『光』がコンペ、「ある視点」部門に黒沢清の『散歩する侵略者』、アウト・オブ・コンペに三池崇史の『無限の住人』。カンヌへの出品は、ニュースによれば河瀬が7作目、三池が6作目。黒沢は私が数えてみたら、(たぶん)6作目。

三池と黒沢はコンペ以外の出品がほとんどだが、河瀬はコンペが4回目で、コンペの審査員経験者。今回のラインナップを見て、友人の新聞記者のIさんは、「ヨーロッパ以外は常連ばかり。とてもまじめに探しているとは思えない」

アスミック・エースなどの映画会社の重役を歴任したSさんは「カンヌは、河瀬、是枝、三池、黒沢。ベネチアは園子温、ベルリンはSABU。映画祭が監督を育てる部分はあるにしても、日本に関しては超ワンパターン。特にカンヌはほかの監督も毎年常連ばかり」

確かに去年のコンペは、ジム・ジャームッシュ、ペドロ・アルモドバル、ダルデンヌ兄弟、ブリランテ・メンドーサ、ケン・ローチ、アスガー・ファルハディ、グザビエ・ドランと並び、今年は、日本の河瀬、韓国のポン・ジュノとホン・サンスのほかには、ミヒャエル・ハネケ、ファティ・アキン、ソフィア・コッポラ、フランソワ・オゾン、トッド・ヘインズと揃う。今年は去年に比べたら小粒か。

察するに、だいたい世界の30人くらいの監督は新作の多くをカンヌのコンペに出せる。彼らは審査員も経験している場合が多い。今年の審査委員長はアルモドバル。河瀬はこの1人。それから50人ほどの監督がいて、三池や黒沢はここに属する。彼らは作品によってはコンペだが、ほかのセクションの場合が多い。是枝裕和はこの2つの中間か。

たぶんカンヌはこうした常連監督を落とすと、ベネチアに行ってしまうのが怖いのでは。昔は、社会派はベルリン、アート系はベネチアなどと言っていたが、グローバル化でカンヌの一極化が進んだ。ベネチアはカンヌに落ちたか、間に合わなかった作品が揃う。ベルリンはカンヌには自信のない作品が集まる。ロカルノはベネチアの結果まで待てない作品が集まる。すべてに落ちると、コンペのないトロントへ行く。去年の『永い言い訳』や『ダゲレオタイプの女』のように(たぶん)。

去年、ロカルノのコンペには、『風に濡れた女』と『バンコク・ナイツ』という2本の日本映画がコンペに出て、『ディストラクション・ベイビーズ』が若手部門で受賞した。前年は『ハッピーアワー』がコンペで女優賞を取った。たぶん、最も日本映画をまじめに選んでいる映画祭ではないか。

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