『ありがとう、トニ・エルドマン』を再見
今年は、去年のカンヌやベネチアで見たものを再見する機会が多い。気に入った映画はもう1度見るが、そうでなくても現地の新聞や雑誌の評価と自分の考えが違った時には、もう1度見る。6月24日公開のドイツ映画『ありがとう、トニ・エルドマン』もその1本。
現在公開中の『わたしは、ダニエル・ブレイク』は、カンヌでパルムドールを取って、酷評された。ところが今見てみると、そんなに悪くない。少し古いタイプの映画だけど、ケン・ローチの弱者への優しくシャープな視線は相変わらずの秀作だった。
マーレン・アデという女性監督の『ありがとう、トニ・エルドマン』は、カンヌでは上映中から盛り上がり、地元紙や星取表は大絶賛だった。ところが無冠に終わったので、受賞結果を新聞や雑誌が猛烈に批判した。私のその時の印象は、おかしいけれどそんなによかったかな、だった。
ところが仏『カイエ・デュ・シネマ』や英『サイト&アンド』、米『フィルム・コメント』といった辛口の雑誌が去年の一位に選んだので、ちょっと自信がなくなってきた。そこで再見した次第だが、2度目はかなりよかった。
カンヌで見た時は、トニ・エルドマンを演じる困ったパパが見ていてあまりにも気づまりで、落ち着かなかった。おかしなシーンは何度かあるが、全体にとりとめがなく、テレビのドタバタ喜劇に近いという気がした。
これが字幕が付いて落ち着いてみたら、じーんと来る映画だった。確かにドラマとしては説明不足だし、唐突な展開かもしれない。ところがこれがドキュメンタリーのように細部がきちんと押さえられていて、主人公のイネスの置かれた立場と、それを見守る父親の姿、父を見る娘の心が胸に迫る。
主人公のイネスはドイツのコンサルティング会社に勤め、ルーマニアのブカレストで石油企業の立て直しを手伝っている。クライアントや上司の無理難題にも必死で答えるキャリア・ウーマン。その父親は音楽の先生だが、愛犬が亡くなったのをきっかけに、休みを取ってブカレストに現れる。
娘の職場や参加するパーティにいきなり現れるのだから、迷惑千万。そのうえに、ヘンな付け歯やかつらをかぶってうさんくさいスーツを着て、「人生のコンサルタント」とか「ドイツ大使」と名乗って、みんなを困惑させるのだから。
それでも父娘の心が少しずつ近づいてほっとしていると、終盤のシュールな展開にびっくり。何ともおもしろく、リアルで、心温まる。終わってみると、その奥に現代における女性の立場や資本主義の問題がくっきりと浮かぶ上がるのだから、見事。今年必見の映画。
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