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2017年4月 1日 (土)

草間彌生展への疑問

狂ったような芸術家の個展を続けて見た。今年88歳の草間彌生と幕末から明治の前半に活躍した河鍋暁斎。草間展は5月22日まで国立新美術館で開催されているが、休日の午後に行ったらものすごい人だった。

現存作家で日本の美術館の個展でこれほど動員できる人は、ほかにはいないだろう。それも、曲がりなりにもベネチア・ビエンナーレなどにも出品した現代美術作家である。そのうえ、ポスターやチラシには赤く髪を染めた本人が大きく映っている。

本人自体がどの作品よりも宣伝になるような美術作家が、これまでにいただろうか。まるで芸能人のようだ。会場に入ると、真ん中に巨大な部屋があり、四面の壁にわたって大型の絵画シリーズ《わが永遠の魂》140点が、天井まで2段がけ、3段がけで並んでいる。

これは見ていて楽しい。眼が無数に書かれたものや、毛虫がたくさんいるようなものもあるが、全体としては生きる喜び、描く嬉しさに満ちている感じがする。これらは2009年から去年までに描かれたもので、題名も《世界に平和がやってきた》とか《愛が花咲いた時の喜び》とか、楽しさを表している。

この巨大な部屋に多くの若者たちが集い、好き勝手に話している様子に、私はどこか違和感を感じた。この画家の神経症的な、孤独を辛うじて絵画に落とし込むことで生き延びてきたような要素があまり感じられなかったから。本当はよく見るとその苦しみはこれらの最近の絵画の奥にもあるけれど、見ている能天気な若者たちの明るさに吹っ飛んでいる。

もちろん初期の40年代待つから50年代にかけての、生きる苦しさを閉じ込めたような絵画も少しは展示してあった。ニューヨーク時代や帰国後のミニマルな絵画や実験的なコラージュも一応ある。それが80年代から立体を手がけ始めてからはスペクタクル性が増し、見て楽しいものになる。

そして真ん中の広い部屋の近作に戻る。彼女の大きな個展は、これまで東京都現代美術館、森美術館と見たが、どんどん見世物に近づいている気がする。いったい、これでいいのかどうか。

文化村の河鍋暁斎展については、後日書く。

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