会社員のドブネズミはいつから
戦前の日本映画を見ていると驚くのは、男性がお洒落だということだ。今では会社員と言えば、8割以上がドブネズミ色、つまり限りなく黒に近いグレーのスーツ。紺や薄いグレーといった色ならまだいいが、あのドブネズミ集団は気が滅入る。
戦前の例えば『港の日本娘』(1933)のヘンリーを演じる江川宇礼雄の結婚後のスーツやコートの着こなしといったら溜息が出そうだ。及川道子演じる砂子をバーで追いかける男もかっこいい。
そんなハンサム役でなくとも、『隣の八重ちゃん』(34)の父親たちでさえも、お洒落だ。当時は帽子をかぶるのが普通だし。あるいは『風の中の子供』(37)の父親やその同僚の会社員たちも、それぞれ個性的な身なりをしている。
そして驚くのは、会社員たちが明るい頃に帰ってきて、家族と食事をしていることだ。感じとしては夕方5時か6時頃にもう帰ってきている。
たぶん明治になって西洋化の波が一気に訪れて、50年ほどたった大正時代あたりから、会社員が定着して余裕が出てきたのではないか。『港の日本娘』の江川と井上雪子が住む家は完全に洋風で、スープをスプーンで飲んでいた。
一体いつから、日本の会社員は働き過ぎのドブネズミになったのか。地味な服装はまさか1940年にできた国民服からではあるまいが、戦時体制から焼け野原の敗戦と続く中で、日本全体にお洒落の余裕がなくなったのは間違いない。
小津安二郎の遺作『秋刀魚の味』(62)で、50代の会社員5、6人が東野英治郎演じる老いた恩師を囲む同窓会のシーンがあるが、笠智衆や中村伸郎演じる会社員のスーツはお洒落だが黒に近かった。同じ小津の『父ありき』(42)の同窓会は、教え子が30代ということもあるがずっとラフな服装だった気がする。
それでも平日の夜に同窓会ができるのだから、62年頃はまだ余裕があったのではないか。それから64年のオリンピック、70年の万博と高度経済成長期が続き、日本人は夜中まで働くようになった。あるいは会社に遅くまでいることや退社後に上司や同僚と飲みに行くことが当たり前になって、「24時間働けますか」というバブル期に至る。
しかしあの黒に近い上下が主流になったのは、21世紀になってからのような気がする。バブル期はずっとお洒落だった。最近は「働き過ぎ」を是正する動きがあるようだが、ドブネズミは変わらないのかな。
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