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2017年5月12日 (金)

「朝日」の社内報を読みながら

朝日新聞社を辞めて8年と少しになるが、今も社内報「A’」(エーダッシュ)が送られてくる。私が勤め始めた90年代前半の社内報は何と「朝日人」で今思うとびっくりのタイトルだったが、いつかの不祥事の時に「A’」に変わったと思う。

「朝日人」とは、無意識のうちに日本人を「朝日人」とそれ以外に分けている感じか。さらにはジャーナリズムを「朝日人」とそれ以外に区別していたのか。こんな題名が2000年頃まで続いていたのだから、すごい。

季報の「A’」は届くといつもパラパラとめくる。知り合いが部長になったとか、亡くなったとか、結婚したとかがわかるので、時おり感慨にふける。今回はある50代後半の知り合いが亡くなったことを知ったが、まだ若いこともあって同期の同僚の追悼文もあった。それを読むとどんなにいい人だったかと思えるが、私にはその方は極めて不親切だった。

私は辞める前に一年半ほど記者をやった。その時にほんの少しだけ会ったが、印象は最悪だった。こちらを完全に軽蔑しているように思えた。

私はその前に文化事業部にいたが、おおむね社内の記者はその部署自体を嫌いな人が多かった。人間として全く無視されているように感じることもあった。一方で広告や販売の同僚にも、記者ほどではないにしても、見下されていたと思う。仲良くなると社員の半分はそうした偏見はなくなったが、あとの半分はダメだった。

社会部記者出身で文化事業部の部長になったSさんは、「朝日はカーストだから」とよく言っていた。インド支局長の経験がある彼らしい表現だったが、記者の中でも政治部や経済部が一番で、次が社会部、だいぶ下がって文化部となる。

記者は記事を書いて新聞の母体を作り、一方で販売局はその新聞を売り、広告局は広告を取るので意味がある。その外にある文化事業部のことを、その後に部長になった記者出身のKさんは「宇宙で言えば冥王星か海王星」と言った。

記事も書かず、広告も読者も探さず、ひたすら展覧会などのイベントをやっている文化事業部は肩身が狭かった。しかし同じ社内なのにあれほどバカにされるのは、特に転職してきた私は本当に驚いた。給料も1割ほど差があった。

「A’」をパラパラめくっても、記者の取材の苦労話が多い。そもそも社内でも文化事業部が本当のところ何をやっているか知っている人があまりいなかった。「A’」を読むと、その嫌な感じが蘇る。だから一度目を通すと、すぐに投げ捨てる。

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