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2017年5月 3日 (水)

『20センチュリー・ウーマン』の微光

6月3日公開のマイク・ミルズ監督『20センチュリー・ウーマン』を見た。アカデミー賞の脚本賞やゴールデン・グローブ賞の作品賞と主演女優賞(アネット・ベニング)にノミネートされているが、私には『ムーンライト』や『マンチェスター・バイ・ザ・シー』に連なるような、「ある種の知的アメリカ映画」に見えた。

幸いにして、この映画は先ほど挙げた2本に比べると「深刻さ」はない。それでも1979年のカリフォルニアを舞台に、無数の小説や評論や音楽の名前が出てくる「知的」な雰囲気がいっぱい。

普通ならばそんなスノッブな映画は苦手だが、思わず見入ってしまったのは、15歳の主人公の少年ジェイミーの境遇が私と少し似ていたから。1979年に15歳だから私より少しだけ若いが、働く母が年をとってから生まれた男の子で、まわりに年上の女性が2人もいるとは私に近い。

アネット・ベニング演じるシングル・マザーのドロシアは、息子の教育に自信がなく、自宅に下宿する24歳の写真家のアビー(グレタ・ガーウィック)と近くに住む17歳の少女ジュリー(エル・ファニング)に相談する。彼女たちはそれなりのやり方で、ジェイミーに人生を教えようとする。

この映画がおもしろいのは、アビーもジュリーも人生に迷っていること。あるいは55歳の母親のドロシア自体が、今後どう生きてゆくべきか悩んでいる。だから映画は4人のそれぞれの迷走ぶりをコミカルに見せてゆく。

女性の生理や女性器や性交などをめぐって、あけすけな会話が満載なのもおかしい。ジェイミーはそんな話を聞きながら「僕はフェミニストだよ」とさらりと言う。こんな知的な環境は、1979年の福岡には全くなかった。調べてみたら、日本の首相は翌年に任期中に亡くなる大平正芳。

アメリカで1979年は、ジミー・カーター大統領の最後の年。翌年からレーガンが大統領になり、日本の中曽根首相と共に、バブルと軍拡への道を歩む。カーターの演説をみんなでテレビで見るシーンがあるが、贅沢や消費を諫める道徳的な内容をドロシア以外は馬鹿にするのも興味深い。

たぶんアメリカのインテリが見たら「わかる、わかる」というシーンが満載なのだろうが、似て非なる環境にいた私の心もかなり疼いた。エル・ファニングの不思議ちゃんぶりが抜群に可愛らしく、そして映画全体に広がるカリフォルニアの夏の微光が何ともいとおしいせいもあるが。

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