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2017年5月 7日 (日)

3度目の『ジュリエッタ』

丸一日、学生の課題レポートを読んでいたら、気が滅入ってきた。夕方にネットで自宅付近の映画館を調べると、ペドロ・アルモドバル監督の『ジュリエッタ』が上映中だったので、思い立って見に行った。実は3回目。

去年の今頃、カンヌで英語字幕で見たのが最初。かなり気に入ったので、7月頃パリで仏語字幕でもう一度見た。実は2度目の時は、母の娘への思いに震えるほど感動した。

ところが今回初めて日本語字幕で見た時は、それほどは心は動かなかった。むしろ、まるで神話のような物語の唐突さと優雅さに見とれていた。画面も事件もあまりにも作り物のようだが、それが神業のように壮麗に並んでいて揺るがない。

まず、その色彩の鮮やかさに最後まで目をみはる。冒頭のジュリエッタの赤いガウンに始まって、白いシャツや赤いTシャツや黒いセーター。あるいは若い頃の青いセーターに青のストッキング。赤いバスタオル。赤い車。赤と青のバースデーカード。男のタトゥーの赤いイニシャル。娘との写真の入った青い封筒。

ざっと思い出すだけでも、赤と青を中心とした原色のドラマがよぎる。そして、そこに偶然が次々に起きる。ポルトガルで新しい恋人と次の人生を生きようと決めたジュリエッタは、娘のアンティアのかつての親友と出会う。

そこからジュリエッタは去っていった娘に取り付かれて、すべてを捨てて過去を思い出しながら娘に向けて文章を書く。彼女の声に導かれる物語もまた、あまりにも偶然の連続だ。

まだ若い頃、夜行電車に乗ると、不気味な中年男が乗ってきて話しかけられる。食堂に逃げると若い男ショアンと出会う。その窓にぶつかる大木。窓の外を走る鹿。列車が急に止まり、中年男が身投げをしたことがわかる。自分が無視したからかと悩む娘は、慰めるショアンと関係を持ってしまう。窓に写る2人の姿。

その一夜にできたのがアンティアで、ジュリエッタは海の見えるショアンの家に住み始める。娘が大きくなり、ある日ジュリエッタはショアンの浮気を知って責める。ショアンは雨の中に海に出かけて死んでしまう。そのことをテレビのニュースで知るジュリエッタ。何と唐突な死だろうか。そして娘の失踪もまた信じられないほど急に起こる。そして現代に戻り、娘から突如手紙が届く。

女たち同士の関係が微妙だ。おしゃべりで娘の失踪のきっかけを作るショアンのお手伝いさん。田舎の病気の母は、夫がメイドとできているのを知って何も言わない。ジュリエッタを疑っていた娘。ショアンの幼馴染みでショアンと関係があった彫刻家のアバ。すぐに身近な女と寝る男たちに比べて、女たちはみな気高く神々しい。

最後に流れる歌と共に、すべては解決する。何もまだ起こっていないのに。3度目にそんなことを考えた。

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