なぜブログを書くのか:その(2)
ブログを書く理由の1つに、教えている学生へのメッセージという面がある。最初は考えもしなかったが、次第に彼らが読んでいることがわかった。今、一番多い授業で200人近い学生がいるが、そのうち卒業までに親しくなるのはゼミの学生を中心に1割程度。多くは向こうは顔を知っているが、こちらは覚えられない状態だ。
そんな彼らに、私はこんなヤツだ、こんな映画が好きだというメッセージを送れたらと思う。もちろん、この映画をぜひ見て欲しいという希望もある。とにかく、このブログで授業とは違う面を見てもらえたらいい。
最近思うのは、学生とはこのくらいのつかず離れずくらいの関係がいい、ということ。最初の頃はよく学生と飲みに行ったり、自宅によんで料理を作ったりした。だけど所詮は自分の自慢話や学生への説教になるので、いつの間にか学生と飲む回数は減らして、自宅にも連れて来なくなった。
多くの人間関係は、たまに会うからいいものだ。これは先日、郷里の中学校の同級会に行って思った。5年前にも行ったが、今回40年ぶりに会った友達も多かった。最初は大騒ぎして盛り上がるが、さて具体的には話すことはあんまりない。
先日紹介した酒井順子さんの文章にも、旧友と会うことがそんなにいいのかという疑問が書かれていたのを思い出す。
「フェイスブックによる旧友再会ブームは、次第に沈静化しました。旧友と久しぶりに会っておおいに盛り上がっても、二回目以降は、話すネタも次第に無くなってくる。「私達は、やはり離れるべくして離れたのであるなぁ。インターネットで無理やりつながらなくてもよかったのではあるまいか」という気持ちに」
今のところは、時々飲みに行く友人が10名ちょっといて、それで十分。昔のように人脈を広げて何かにつなげようという野心もない。大学の同僚も最初は仲良くなろうと意気込んだが、今は落ち着いた。たまに飲みに行く程度でちょうどいい。
あと10年もして定年になったら、ひょっとして寂しくなるかもしれないが、とりあえずはこのくらいでいい。こうした気分と不特定多数に向けてブログを書き続けることは、どこかつながっているかもしれない。
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