遠ざかるイタリア映画祭
去年はパリにいたのでイタリア映画祭は行けなかった。今年こそはと思っていたが旅行などの用事が重なって、2本しか見られなかった。考えてみたら、見たいと思っても知っている監督や俳優がほとんどいない。
私が2001年にこの映画祭を作って、2007年まで作品を選んでいたので、それからもう10年もたつ。当然ながら監督や俳優の世代交代があり、今回の上映監督で2007年までに見せたのは、マルコ・ベロッキオとパオロ・ヴィルズィのみ。この2人は、何と今年は過去の数作品を上映するミニ特集が組まれている。彼らの新作の『スイート・ドリームス』と『歓びのトスカーナ』はもちろんそれなりだが、これまでの作品と比べたら今一つ。
イタリアの無職の若者たちを主人公にした、どうでもいいグダグダのメロドラマが増えたと思ったのは2010年あたりか。チラシを見ても、今年は特にその傾向が強い気がする。
去年のベネチアのコンペで見たジョゼッペ・ピッチョーニの『かけがえのない数日』は、『もうひとつの世界』という中年同士の愛を描いた傑作を作った監督とは思えないほどたわいない。20歳前後の4人の女の子のロードムービーで、もちろんこの監督らしい抒情性は味わえる。
ロアン・ジョンソン監督の『ピューマ』もベネチアで見たが、これが開催国のコンペ作品とは信じられないほどレベルが低い。10代の無職のカップルの予期せぬ出産を描いたもので、親たちを巻き込んでの大騒ぎがつらかった。
映画祭前日のイタリア文化会館での特別上映で見たのが、エドアルド・レオ監督・主演の『どうってことないさ』。これまた無職の青年と非常勤の数学の女性教師のグダグダのドラマで、クラウドファンディングという今風の話題にセックスを交えているが、あまりにも退屈で最後まで見るのに苦労した。こんな映画を前夜祭で見せるとは。
その3本に比べたら、『君が望むものはすべて』はずいぶんいい。無職の4人の若者たちのうちの1人が、85歳で認知症の詩人の介護をする話。ジュリアーノ・モンタルド演じる詩人が抜群の味わいを見せるし、若者たちが少しずつ人生に目覚める過程は心地よい。第二次世界大戦の過去の使い方も絶妙。劇場公開は可能だろう。
この4本は、いずれも無職の20歳前後の若者を描く。必ず両親が出てきて、彼らの方が自由に生きている。『どうってことないさ』の父親はルーマニア人の愛人、『君が望むものはすべて』の父親はブリガリア人(たぶん)の愛人と暮らしているところも似すぎている。現代イタリアの象徴なのだろうが。
そういえば、今年はフリーパスが送られて来なかったので、初めてチケットを買った。イタリア大使館のパーティにも初めて招待されなかった。いろいろな意味で、遠ざかるイタリア映画祭。
| 固定リンク
「映画」カテゴリの記事
- 『実録!東映三角マーク宣伝部』を読む(2026.07.13)
- 『よき谷の物語』に震撼する(2026.07.11)
- ポー河から考えるイタリア映画史(2026.07.15)
- 『ルオムの黄昏』に引き込まれる(2026.07.07)
- 『映画監督 崔洋一 映画は闘争だ!』を読む:続き(2026.07.03)


コメント