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2017年5月10日 (水)

久しぶりの長崎:その(1)

長崎に行った。5、6回目だろうか。今回一番思ったのは「さびれた」感じがないということ。今や地方都市は福岡や名古屋などの大都市でなければ、「さびれた」と思うことが多い。ところが人口が40万人の長崎市には、活気があった。

もちろんそれは、観光地としての価値が高いことが大きい。海に面していながら山に囲まれており、斜面に立つビルやホテルや住宅は美しい夜景を作り出す。歴史的にも鎖国の時代に日本の唯一の海外への窓口となり、エキゾチズムが溢れる。さらに隠れキリシタンや原爆といった負の歴史も含めて、見るべきものは多い。

それから、三菱重工業を始めとする三菱系工場の存在も多くの雇用を生み出しているだろう。これは九州に多い石炭の街とは違う。そんなこんなで「さびれた」感じは、少なくとも街中を歩くぶんにはない。

ところが、今回始めて上陸した軍艦島(正式には端島)は、「さびれた」そのものの場所だった。ここはかつては上陸が禁止されていたが、2009年に世界遺産になってから、数社のフェリーが乗り入れており、上陸して島内を200メートルほど歩くことができる。

映画『009 スカイフォール』では、実際のロケは行わずスタジオとCGで再現していたけれど、まさにあの感じ。廃墟になった7階や9階の住宅や学校が黒々と立ち並び、絶望的な暗さを見せている。雨や風の自然の力でコンクリートが少しずつ壊れていった感じが迫力がある。

19世紀末に採炭が始まり、1916年に日本初の高層住宅が建設され、1960年前後には5000人を超す人々が住んだ。1974年に炭鉱が閉鎖された時にも2000人強が住んでいたのに、わずか40年と少しでこれほど朽ち果てるとは。住宅をそのままにして、人々が逃げるように立ち去った後は、自然に少しずつ解体していったのだろう。

住宅の壁は半分崩れ、地面にはあちこちの建物から落ちてきた破片が見える。今のところ保存のための補強はしていないそうなので、たぶんあと10年もしたらもっと朽ちるのではないか。自分も高層住宅に住んでいるが、誰も住まなくなったら、すぐにあのようになるのだろうと考える。

長崎はさびれていないと書いたが、ここでは過激なまでの「さびれ具合」が観光資産となっている。明治から大正、昭和を経てきた日本の近代化というもの自体の「なれの果て」を見ることができるのも、現代の我々が興味を覚える理由かもしれない。高度経済成長が終わった今となってようやく、あれは何だったのかと振り返ることができる。

とにかく「朽ち果てる」前に、一見の価値がある。休日などは事前にネット予約をしておいた方がよさそう。

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