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2017年5月22日 (月)

『東京奇譚集』はさほど奇妙ではなかった

だいぶ前に買った村上春樹の『東京奇譚集』を読んだ。薄い文庫の短編集で連休の旅行中にぴったりだった。2005年刊だから、長編だと『アフターダーク』(04)と『1Q84』(09)の間になる。読んだ感想は、長編よりは好きだけど、「奇譚」で想像したような奇妙な物語ではなかった。

5つの短編が入っている。最初が一番おもしろくて、少しずつヘンな話になるがおもしろみは減ってゆく感じか。例によって主人公の男性がやたらに美女にモテる話が2つ。

「偶然の旅人」は、41歳のゲイのピアノ調律師が主人公。毎週火曜日に行く多摩川の川崎側のカフェで、ある時少し年下の主婦と出会う。二人ともディケンズの『荒涼館』を読んでいたのがきっかけというから、そのスノッブさに笑いたくなる。

「彼女は小柄で、太っているといほどではないのだが、身体のくびれている部分に少し肉がつきはじめていた。胸が大きく、人好きのする顔立ちだった。服装の趣味は上品で、ある程度金もかかっているようだった」

こういう「理想」の女と出会い、彼女は2度目に手を握り「どこか「静かなところ」に二人で行きたいと言った」。しかし主人公はゲイでというところがいかにも村上春樹だが、女は乳癌の疑いがあって再検査を受けると伝える。主人公はそこで不仲の姉を思いだし、電話して会う。姉は「あさってに乳癌の手術をすることになっている」と告げた。

そんな話だが、奇譚といえば乳癌を通じた主婦と姉のつながり。もう1つのモテる話は「日々移動する腎臓のかたちをした石」。こちらの主人公・淳平は31歳の売れない小説家で、あるフレンチ・レストランのオープニング・パーティで36歳の女性と会う。

「彼女は見たところ、淳平より2センチか3センチくらい背が高そうだった。髪は短くカットされ、まんべんなく日焼けをしていて、頭のかたちがとてもきれいだった」「胸は大きくもなく、小さくもない。着こなしは洒落ていて、無理がなく、同時にはっきりした個人的指標のようなものが貫かれていた。唇はふっくらとして、何かを言い終えるたびに、広がったりすぼんだりした」

最初の物語のカフェの主婦とはタイプが違うが、いかにも「いい女」で笑ってしまう。この女性とは関係を持つが、ある時突然いなくなる。彼女は職業を教えてくれなかったが、ある時ラジオの放送に彼女の声が聞こえた。普段は高層ビルの窓ふきの会社を経営し、時々ビルの間にロープを張って長い棒を持って渡るパフォーマーだった。

ほかの物語の話も書きたかったが、これでおしまい。もう一つだけ、「ハナレイ・ベイ」という子供を亡くした中年女性の話で、彼女が若者に言う言葉が、村上らしい教訓に満ちている。「女の子とうまくやる方法は三つしかない。ひとつ、相手の話を黙って聞いてやること。ふたつ、着ている洋服をほめること。三つ、できるだけおいしいものを食べさせること」。これは当たっているけど、あえて書くのが村上流。

村上春樹の本は、いつも半分茶化しながらも実は楽しんでいる自分に気がついた。

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