なぜかロメールに通う:その(1)
ふと思い立って、エリック・ロメールの映画祭で『獅子座』を見に行った。前に見たのは80年代半ばのパリで、実は途中で寝てしまったのを覚えている。90年代初頭に日本で公開された時は、忙しくて見られなかった。
その後、DVDは買ったが、まだ見ていなかった。今回、ロメールの連続上映があったので劇場で見ることにした。この映画はヌーヴェル・ヴァーグが始まった年、1959年に作られたものだが、公開は3年後だったという。
30年ぶりに見た感想は、ヌーヴェル・ヴァーグに共通する要素が支配しながら、ロメールらしさがきちんと出ているというもの。パリの街中をふらつく男ピエールを、ドキュメンタリーのように撮るのはいかにもヌーヴェル・ヴァーグ。低予算で即興でロケ撮影。
ところが、このピエールが遺産だけを頼りにしていて全く働こうとしないのは、ロメール的だろう。彼は遺産という「運命」に自分を任せていて、生きてゆく努力はほとんどしない。そして最後に遺産を手に入れるのだから。しょせん人生は「運命」や「恩寵」によるというのがロメール的な哲学だ。最初に遺産が来るという電話があり、それがおじゃんになって、最後にその相続者が死んで彼に遺産が来るという奇跡のような話だから。
この男がアメリカ人で音楽家くずれというのもいい。そもそも普通のフランス人の生活から外れている。演じているのはアメリカ人のジェス・アーンで、39歳という設定でいつも背広を着ている。この年で背広を着た男が何もせずに金がなくなり、服も靴も破れて顔はひげだらけになり、しまいには乞食になる。
ピエールは子供がベンチに置いたサンドイッチをもらおうとして犬に吠えられ、店でビスケットを盗もうとして店主に殴り倒される。食べ物がなくなったピエールが、石造りの建物に向かって、「この汚い石」と叫ぶのも、パリに住む外国人らしい。
個人的にはほとんどが5区や6区で撮られているのが懐かしかった。フロールやドゥ・マゴといったカフェが何度も出
てくるし、セーヌ通りのホテル・ド・セーヌ、サントーギュスタン河岸、パンテオン寺院、ムフタール通りなど。当時からアメリカ人が多かったことがわかる。ムフタール通りは今以上に賑わっていた。
それに友人たちがバカンスに出かけてしまって誰もいないパリというのも、私には見慣れた風景だ。それから、一人で気に入ったレコードの部分を何度もかけるゴダールの偏執狂的な姿が妙に印象に残った。ロメールはあと2、3本は見たい。
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