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2017年6月 4日 (日)

『夜明けの祈り』の巧みさ

フランスのアンヌ・フォンテーヌという監督は、実に芸達者だ。『ココ・アヴァン・シャネル』(09)のような歴史ものを重厚な演出で作ったかと思うと、『ボヴァリー夫人とパン屋』(14)のような笑いが止まらないエロチック・コメディも作る。8月5日公開の『夜明けの祈り』は、修道女たちの話だった。

ただの修道女の話ではない。第二次世界大戦末期のポーランドで、ドイツ軍と入れ替わるようにやってきたソ連兵たちに集団強姦をされた修道女たちである。

フランス赤十字に属する女医のマチルドは、ワルシャワで働いている。そこに救いを求めてきた修道女に連れられてとある修道院に行くと、そこには産気づいた修道女がいた。聞くとソ連軍がやってきて数日滞在した結果で、7人の妊婦がいるという。

マチルドは昼間の赤十字の仕事が終わり夜になると、上司に反対されながらもその修道院に通う。そして一人、一人と出産を助けるが、帰国の日は迫っていた。

ソ連の支配下であるうえに修道女なので、妊娠したとは言えない。そもそも看護婦にさえ自分の体を見せることができない。修道院長は出産の事実を伏せて、赤ちゃんを預けるといいながら捨てに行く。戦争、政治、宗教、女性差別、出産と困難な状況がテンコ盛りで、見ながらどうなるのかと思った。

ところが、後半の展開がうまい。前半はすべてマチルドの視点から描かれているが、後半からは修道女たち、とりわけシスター・マリアからの視点が加わってくる。さらにマチルドの上司で優しい医師サミュエル(ヴァンサン・マケーニュがいい味)もこの活動に加わる。

マチルドはフランスへ、サミュエルはベルリンへと散り散りになるが、マチルドの絶妙なアイデアもあって、修道女たちは赤ちゃんたちと生きてゆく道を見つける。最後のショットの写真には思わず涙してしまった。

こんな暗い話を淡々と見せながらも、最後にはストンと落ちる終わり方は実に巧み。修道院の中や雪の夜道を抑制した色調でじっくり見せる映像(撮影:カロリーヌ・シャンプティエ)も見ごたえがある。登場人物も大半は女性で、監督もカメラマンも女性。こういう言い方は好きではないが、確かに女性ならの映画ではだろう。


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