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2017年6月30日 (金)

なぜかロメールに通う:その(3)

もう1本だけ、ロメールについて書いておきたい。『愛の昼下がり』(1972)は、1984年8月末にパリのダンフェルロシュローの映画館で見たはずだが、内容は全く覚えていない。今回見て思ったのは、たぶんこの内容だと当時は寝てしまったに違いない。

映画の中身は忘れたのに見た時期や劇場をきちんと覚えているのは、見終わった後に映画館を出ると、蓮實重彦さんが次の回の列に並んでいたから。同じロメールの『飛行士の妻』でもちろんまだ面識はなかったが、私もあわてて見ることにした記憶がある。

さて、『愛の昼下がり』でなぜ学生の私が寝てしまったかは、かなり想像がつく。これは30を越さないとわからない映画だから。つまり仕事を始めて数年がたって結婚してしばらくしないと、この映画の主人公の感覚はピンとこないと思う。

妻は高校の英語の先生で、1人子供がいるが、2人目も間近。夜は自分は読書、妻は生徒の答案を見る。パリ郊外の高級住宅地のサン・クルー市の戸建てに住み、サン・ラザール駅まで電車で行って、オペラ座近くの会計事務所を経営している。

例によって主人公の男性が滔々と話すナレーションで進む。そのフレデリックは、午後になって散歩をすると、いつも美しい女性を見ながら妄想をする。事務所の秘書との間でさえも何かしらヘンな感じが漂う。そのうえ、彼は何も自分で決められない。

クリネックセーターを買いに行ったはずなのに、美人の店員に勧められると、思いもしなかった柄のシャツを買ってしまう。この店員とも何かあってもおかしくない雰囲気。

そんな彼の事務所に突然、かつての友人の恋人クロエがやってくる。フレデリックは彼女に惹かれて、引っ越しなどを手伝う。ところがある時約束に彼女は来ない。そしてイタリアから絵葉書を送ってきた。2か月後に再会すると、クロエの方が熱心でフレデリックの子供が欲しいと言い出す。

自分から声をかけておきながら、いざという時になると自分からは踏み出せない中年男。この気分は年を取らないとわからない。ロメールはその微妙な具合をクールに見せる。

そして最後に妻のもとに帰ると、突然妻は泣き出す。それはロメールらしい恩寵のように現れるが、涙が意味するのはどうも単純ではない。この悪戯のような感じがまさにロメール。彼はヌーヴェル・ヴァーグの中でも最年長で、最初の『獅子座』が39歳の時で、この映画ではもう52歳。傑作『モード家の一夜』(68)もそうだが、ロメールはおじさん映画の名手でもあった。

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