« 小説『流れる』を読む | トップページ | 山村アニメの新世界 »

2017年6月21日 (水)

オラファー・エリアソンを見た

かつては好きだった現代美術も、今では大半がわからなくなってしまった。その中でオラファー・エリアソンは作品を見る機会があれば、今でも万難を排して出かけたい作家の1人。昨年パリにいた時は、ルイ・ヴィトン財団の常設展示と、ヴェルサイユ宮殿の企画展を楽しんだ。

最初に彼の作品を見たのは、原美術館での2006年の個展だろうか。その前にベネチア・ビエンナーレでも見た気がする。原美術館では、水と光を使った展示がすばらしかった。

彼の作品は、ある意味で定型がない。一言で言うと「見る」ことをめぐる実験なのだが、大小の滝を作ったり、鏡や色彩やスモークによって幻想を起こしたり。ほんのちょっと日常に手を加えることで、完全な異空間を作り上げる。

その彼をめぐるドキュメンタリー『オラファー・エリアソン 視覚と知覚』が8月5日から公開されるというので、試写を見に行った。何よりおもしろかったのは、彼本人が出てきて話していることだった。

私はこの作家については、年齢さえも知らなかった。印象として、たぶん私より10歳くらい上だと勝手に考えていた。ところが映画に出てきた姿は、欧米のどこにでもいそうな、ごく普通の理屈っぽいインテリ青年だった。調べてみると、1967年生まれと若い。

無精ひげにラフな格好で、とつとつと話す。「僕は誠実に責任感を持って、世界と対峙したいと思っている。何かを訴えかける作品を作りたい」「アートは世界を変える一手段であり、人は世界を変えることができるんだ」

言っていることは極めて普通だが、彼の作品を見ると、その言葉が実現されているのがよくわかる。このドキュメンタリーの中心をなすのは、2008年のニューヨークの滝のプロジェクト。イーストリバーの4か所に人工滝を作ったインスタレーションだが、その準備過程からの2年を追う。

車に乗って、川をあちこちから眺めるエリアソン。どこに滝があると効果的かを綿密に調査する。そして記者会見から実現へ。単に水が流れているだけなのに、なぜ人々は見つめ続けるのか。

似たパターンは去年の今頃、ベルサイユ宮殿でも見た。左右対称のフランス式庭園の真ん中に滝が流れていたが、こちらは細くてずっと繊細にできていた。最初は彼の作品だとわからなかったくらい。

ロンドンのテイト・モダンでの有名なインスタレーションの様子も何度か写った。巨大な太陽が至近距離で輝くような空間をオレンジ色とスモークで作り上げている。これは体験してみたかった。

今夏の横浜トリエンナーレでは、彼の作品も出るという。それだけでも行きたくなった。

|

« 小説『流れる』を読む | トップページ | 山村アニメの新世界 »

文化・芸術」カテゴリの記事

映画」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/537538/65413293

この記事へのトラックバック一覧です: オラファー・エリアソンを見た:

« 小説『流れる』を読む | トップページ | 山村アニメの新世界 »