『セザンヌと過ごした時間』を楽しむ
去年9月パリから帰る日に、Cezanne et moi=「セザンヌと私」という映画が封切られた。夜便だったので昼間に見ようかと思ったが、アパートの掃除などで時間がなかった。それが『セザンヌと過ごした時間』という邦題で9月2日から公開されるというので、試写を見に行った。
監督はダニエル・トンプソンという女性で特に気になる作品はなかったが、パリで予告編を見て引き込まれた。「私」というのは小説家エミール・ゾラのことで、彼が語るポール・セザンヌというから、びっくりした。
私は実は大学は仏文学科で、ゾラの小説は『ナナ』など何冊も翻訳で読んでいたし、セザンヌは一番好きな画家の1人。ところがこの2人が親しかったとは全く知らなかった。
去年の今頃には南仏のエクサンプロヴァンスの友人を訪問し、セザンヌのアトリエや彼がサント・ヴィクトワール山を描くのにキャンバスを構えた場所をいくつも訪れていたことも、見たいと思った理由。
映画は一歳違いの2人の友情を、少年の頃から60代で亡くなるまで描く。時代は1950年代から20世紀初頭までで、フランスは普仏戦争など激動の時代だが、パリが世界の首都として輝きを増す時期でもある。
この映画を見て驚いたのは、セザンヌが長い間認められなかったこと。私の中では、印象派ではモネ、それ以降ではセザンヌとマティスが現代絵画を作ったという図式になっている。モネもマティスも生前に作品が売れて豊かな暮らしを送っていたが、セザンヌが認められたのは晩年だった。
この映画は、豊かな家庭に育ったセザンヌが認められなくて苦労する姿と、イタリア移民の貧乏な出身ながら有名な小説家となるゾラを対照的に描く。ゾラは年相応に大人になるが、セザンヌは感情のままに動き、あちこちで問題を起こす。セザンヌがあれほど気性が激しかったとは、思いもよらなかった。
後半になって、私が訪れたセザンヌの最後のアトリエやその広い庭が出てくる。アトリエはたぶんセットだが、庭は本物だ。丘の上の方で、木々に取り囲まれた静かな庭だった。そのポール・セザンヌ通り(!)をさらに登ると、サント・ヴィクトワール山が見え、多くの絵が描かれた場所がある。あるいはを石切り場の方から見た同じ山のショットなど、実に懐かしかった。
実は映画では、セザンヌの絵そのものは意外と出てこない。その分、最後に街道から山を撮ったショットに、同じ場所を描いた絵が何点も写るので、一挙に不満は解消されるが。
セザンヌ好きには必見の映画だろう。セザンヌと言えば、パリのオルセー美術館で昨日から「セザンヌの肖像画」という展覧会が始まったようだ。この映画に出てくる人々がどのように描かれているかと考えたら、ぜひとも見たくなった。この展覧会は9月24日まで。
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