『「文藝」戦後文学史』に考える
佐久間文子著『「文藝」戦後文学史』を読んだ。もともと「文芸誌」というものを読んだことはほとんどないのだが、著者が昔の同僚だったので、買ってみた。これが予想以上におもしろかった。
「文藝」とは河出書房新社から出ている文芸誌。私はなかでもその文字づらから一番権威のある雑誌かと思っていたが、「ひいきめに見ても、「文藝」は弱小で、大手の「新潮」「文學界」「群像」に比べると、文壇のメインストリームになることはあまりなかった」と「おわりに」に書かれている。
それでも、この雑誌が生み出した作家や名作は多い。同時代的に記憶しているのは1977年5月号に載った三田誠広『僕って何』あたりからだろうか。翌78年1月号の高橋三千綱『九月の空』も覚えている。どちらも芥川賞を取ったので読んだが、高校生の私は「こんなものでいいのか」と思った。
さらに大きなショックは、1980年の田中康夫『なんとなく、クリスタル』の文藝賞受賞だろう。この本によれば、「単行本は文藝賞受賞作としては初めてのミリオンセラーとなる」「思想や主義主張ではなく、<気分の良さ>でものごとを選び取って生きる主人公は、80年代の大衆消費社会の到来を象徴し、バブル経済の前触れとなる小説としてのちに評価される」
この本には、こうした短いが的確なまとめがついている。そのうえ、田中康夫もそうだが、各作家についてその後どうなったかもきちんと紹介している。例えば90年に自殺した佐藤泰志については、この10年で再評価が進み映画化も相次いだことを書き、稲塚秀孝によるドキュメンタリー映画まで紹介している。
82年11月号の唐十郎『佐川君からの手紙』も芥川賞を取ったので、読んだ。85年に文藝賞と芥川賞を取った山田詠美『ベッドタイムアイズ』、この年から連載されて第一回三島賞を取った高橋源一郎『優雅で感傷的な日本野球』、87年夏季号に短歌十五首が掲載されて「二百八十万部という河出書房最大のベストセラーになった」『サラダ記念日』もよく覚えている。
私が80年代になって読んだ小説で、高橋和巳の『悲の器』が1962年の第一回文藝賞(長編部門)とは知らなかった。「文学賞は第一回の受賞者がその賞の性格を決めるが、文藝賞は以後、戦後文学の正当な継承者である高橋和巳を世に出した賞として認識される」
江藤淳の『成熟と喪失』と吉本隆明の『共同幻想論』が、66年から67年にかけて同時に連載されていたのもすごい。さらにこの「思想的に相いれない強い個性の批評家の対談」まで、66年新年号にあるという。
この本は「文藝」の代々の編集長に触れているのも興味深いが、今日はここまで。私が実は昔は文学青年だったことを、この本で思い出してしまった。おお恥ずかし。
| 固定リンク
「書籍・雑誌」カテゴリの記事
- 辻仁成からレーモン・オリヴィエへ(2026.06.17)
- 金子修介『無能助監督日記』を読む(2026.06.05)
- なぜ「映画史」ではなく「映画誌」か(2026.05.26)
- 『爆弾犯の娘』を読む(2026.05.20)
- 『近現代歌集』とは(2026.05.12)


コメント