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2017年7月 2日 (日)

アルチンボルドは単なる「だまし絵」の画家ではなかった

アルチンボルドという奇想の画家の作品は、これまでパリのルーヴル美術館やウィーンの美術史博物館で数点を見たのみだったので、いつかまとめて見たいと思っていた。それが何と、上野の国立西洋美術館で個展が始まったので、見に行った。

彼の絵で有名なのは、野菜や草花を使って人間の顔を描いたもの。それは考えつくされただまし絵のようでもあり、精神錯乱の結果のようでもあった。ところが今回見てみると、それは世界の知性の集約のように思えた。

今回の目玉は、『四季』と『四代元素』が全点見られること。春、夏、秋、冬と大気、火、大地、水という連作で、春は大気に、夏は火に、秋は大地に、冬は水に呼応しているという。実はそれぞれ複数のバージョンがあって、ルーヴルにある『四季』は今回は来ていない。

それでもオーストリア、スイス、スペイン、米国から集めたこの連作は圧巻だ。そのなかで特に驚いたのは《夏》。野菜と果物で顔が構成されるが、メキシコが原産のトウモロコシやインドからもたらされたナスなども含んでいるという。

つまりはウィーン・ハプスブルク家が財力に任せて世界中から集めたもの。《春》は80を超す種類の花を使って描かれているが、世界中の花が混じっているらしい。つまり、顔の中が世界であり、博物図鑑である。

大航海時代に世界中の産物がヨーロッパの宮廷にもたらされ、博物学が盛んになる。アルチンボルドは、まずそれぞれの植物や動物を詳細に描く。そのデッサンは実際に博物学の挿絵として使われていたことが、展示されている当時の書籍でわかる。

彼は世界中の驚異的な生物を細密画のように描写し、ぞれを小宇宙のように人間の顔にまとめ上げていたのだ。展覧会には宮廷に設けられた「クンストカンマ―」=アートの部屋を描いたデッサンが拡大して展示されている。当時はやり始めた動物園や植物園と同じく、部屋の中にも世界を見るために草花が飾られている。彼の絵画もそれを絵の中に閉じ込めたもの。

生物のみならず、大小の本で顔を描く《司書》や酒瓶や酒樽で顔を作る《ソムリエ》などのユーモラスな「寄せ絵」もある。あるいは《庭師/野菜》のように普通には野菜の絵に見えて、上下を反対にすると庭師に見える「上下絵」もある。あるいは《法律家》は魚や肉で顔ができているが、その男の嫌味な感じをあえて出す。

世界を写しとる写実の精神とその組み合わせでとんもないユーモアを生み出すグロテスクなまでの構成力は、本当に今見ても驚きだ。アルチンボルドは単なる「だまし絵」の画家ではなかった。

展覧会には「寄せ絵」の例として、ほかの画家が男性器を集めて男の顔を描いた絵があったり、当時珍重された多毛症の人々を描いた絵があったりと、「奇想」に満ちている。今年必見のこの展覧会は9月24日まで。今日まで開催の隣の東京都美術館のブリューゲルの《バベルの塔》と合わせて、16世紀ヨーロッパのマニエリスムを堪能できる東京の夏だ。

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