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2017年7月31日 (月)

近所の展覧会2つ

私には、「近所」の美術館が2つある。1つは自宅に近い東京国立近代美術館で、もう1つは勤務する大学近くの練馬区立美術館で、どちらも15分ほどで行ける。それぞれで開催中の「日本の家」展と「藤島武二」展を見た。

東近美で10月29日まで開催の「日本の家」展は「1945年以降の建築と暮らし」という副題がついているが、ローマのMAXXI国立21世紀美術館とロンドンのバービカン・センターで開催された展覧会の巡回という。

あれ、どこかで見たぞと思ったら、6月にパナソニック汐留ミュージアムで見た「日本、家の列島」展に近い。こちらはフランス人が仕立てたものだが、欧州巡回後の日本での開催だったし。

もちろん今回見た方は国立美術館なので、会場は2倍以上大きいし、歴史的な背景を教えるビデオなどもある。あるいは河原温の《孕んだ女》(1954)などの美術作品や石元泰博や東松照明などの写真も展示してある。さらに清家清の《斎藤助教授の家》(52)の実物大模型まである。

それでも丹下健三の自宅に始まって、西沢立衛や藤本壮介などで終わるのは同じなので、既視感は強い。実は同じようなものを2年ほど前に見たと思っていたら、八王子夢美術館で「戦後日本 住宅伝説」展も見ていた。こちらは国内向けの巡回展で戦後から1970年代までだったが、同じような家が並んでいた。

今回の展覧会は展示デザインを「アトリエ・ワン」に頼んでいることもあって、後半の吹き抜けのような空間は気持ちいいが。だが、それよりなにより、作品リストがない。展示プランの紙は配布しているが(英語、中国語、韓国語版まで!)、A4見開きなのに、展示品のリストはない。

国立新美術館の「サンシャワー」展もそうだったが、まさか国立美術館は展示リストを配らない運動でもしているのだろうか。

9月18日までの「藤島武二展」はオーソドックスな絵画の回顧展。もちろん展示リストもあって、文字通り日本中から集めた161点が展示されていて見ごたえがあった。鹿児島出身ということもあって、鹿児島市立美術館の所蔵品が一番多い。

幕末に生まれ、2人の兄は西郷隆盛の軍に加わって戦死したと書かれていた。17歳で上京し、最初は日本画を学ぶが洋画に向かう。黒田清輝の影響が強いが、その画調はもっと柔らかで自由。1905年にフランスやイタリアに留学しているので、セザンヌやマティスなどのポスト印象派をたくさん見たのだろう。

とはいえ、パリで習ったのはフェルナン・コルモン、カロリュス・デュランというずいぶんアカデミックな画家たち。この展覧会では彼らの作品も1点ずつ展示してあるので(何と国内にある)、その違いがよくわかる。

個人的には1900年前後の『池畔納涼』など漱石の『三四郎』を思わせる清冽な作品が好きだが、最後まで穏やかで柔らかな色彩の組み合わせを重視した画風は見ていて気持ちいい。1943年に亡くなったのもよかったのかもしれない。

そういえば、藤島の絵のサインはFdicimaだった。私も自分の名前で経験があるが、Fuと書くと仏語でフュと発音されるからだろうが、フジタはFoujitaだった。日本人画家の欧文のサインはなかなか興味深い。

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