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2017年7月12日 (水)

『ぼくたちの亡命』の古さと新しさ

内田伸輝監督の『ぼくたちの亡命』を見た。この監督の映画は東京フィルメックスでグランプリを取った『ふゆの獣』(2011)を含めて1本も見ていなかった。私の教えている大学の出身でもあるので、見たいと思っていた。

結果から言うと、古いようで新しいようでなかなかおもしろかった。一番驚いたのは、その古風な体裁。長髪の浮浪者のような引きこもりの男が、美人局で儲ける男に騙されたバカな女を救い出す。前半は東京近郊の森に住んで時々新宿を彷徨う引きこもりの孤独な生活が、後半は海岸でテントで暮らす暗い男女が写る。

そのうえ、男は「殺してやる」とか思いついた言葉を毛筆で紙に書いて、テントに張る。女は祖父の骨を国後島に埋めに行くという。男は「それなら2人で亡命しよう」と提案する。「亡命」なんて、いつの時代のどこの国の話か。

そのくせ男はスマホをもっていて、時々知り合いに「金を送れ」と頼む。亡くなった父親から頼まれた友人が助けているようだ。森にテントを張っている場所も、その友人の持つ土地のようだし。要はわがままな引きこもりでしかない。

女は部屋に北海道の地図を張っていて、国後島を赤で囲んでいる。だからといって、「北方領土」に対する主張があるわけでもない。そのくせ、海岸に男と住んでいるかと思うと、近くに住む「普通の男」の家に行って、ご飯を食べさせてもらう。

何だか形だけの革命ごっこにしか見えないが、それでも最後まで見せてくれるのは、まず引きこもり主人公のノボルを演じる須森隆文の圧倒的な存在感がある。頭は少しはげていて痩せこけて年齢不詳で、見ていても匂いがしそうな浮浪者ぶりを見せてくれる。

ノボルは父の友人や、キフユを使って美人局をするシゲヒサに電話をするが、その不器用な話しぶりが、本当に世捨て人のよう。そんなノボルにどうして普通の女のキフユが体を許してついてゆくのかと思うが、見ているとありかもしれないと思う。

東京の夜を放浪するノボルの周りの騒音がすさまじく、また海辺の風や波の音も強烈だ。映画は彼らの無意味な亡命を、抑えた色調の画面で長回しで見せる。

時代遅れの亡命ごっこだと思いながら見ていたが、見終わると、そこには現代の隠れた日本があった。この監督のほかの作品も見てみたい。

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