『安倍三代』にやっぱり
青木理著『安倍三代』を読んだ。この著者はだいぶ前に『日本の公安警察』を読んでおもしろかった記憶があった。その頃は共同通信の記者だったが、いまはフリーで活躍しているようだ。
この本の半分以上は『アエラ』に連載していた時に既に読んでいたが、大幅に書き直したと言うのでまとめて読みなおそうと思った。
一言で言うと「やっぱり」。安倍首相はやっぱりこの程度だったか、と改めて思った。この本で出てくる「安倍三代」とは、母方の岸信介の側の話ではない。安倍があまり触れようとしない、父方の祖父の安倍寛、父親の安倍晋太郎から晋三に続く三代についてまとめたもの。
簡単に言うと、寛も晋太郎も地元で絶大な人気を誇り、まわりからも愛される尊敬すべき政治家だったが、三代目の晋三は全くそうではない、というもの。この本ではそれを三人を知る人々に徹底的にインタビューをしてまとめている。出てくるのは80代や90代の人々が多い。
安倍寛は東大を出て結婚し、晋太郎が生まれた。1928年の衆議院第一回普通選挙に出て落選し、結核が再発し、妻と離婚。病気のまま乞われて村長となり、1937年の総選挙で三木武夫らと共に初当選。「富の偏在は国家の危機を招く」と主張し、1942年の翼賛選挙では反戦を唱えて非推薦ながら当選。
この選挙に大政翼賛会の非推薦で出たのは、鳩山一郎、三木武吉、河野一郎、大野伴睦、片山哲、二階堂進、三木武夫など戦後政治を担った政治家たちだ。安倍寛もその1人になったはずだが、1946年に亡くなってしまう。
晋太郎は22歳で父を亡くし、続いて母親代わりの大叔母ヨシを亡くす。東大を卒業後、晋太郎は将来政治家になることを考えて、毎日新聞に就職し、政治記者となった。1951年に岸信介の娘、洋子と結婚した時、「オレは岸信介の娘婿ではない、安倍寛の息子なんだ」としばしば周囲に漏らしていたという。
56年に岸の秘書官になり、2年後に34歳で立候補して初当選。ここでおもしろいのは、下関の在日朝鮮人から晋太郎が大きな支持を得ていたという事実だ。下関の在日コリアン一世の実業家、吉本章治は言う。「あの人は、身寄りがない。両親もおらず、兄弟もいない。足場がなく、一人でがんばっていた。ある意味、在日と似ていた。線は細いが、目線は同じだった」
この本で一番泣けるのは、ずいぶん後になって異父兄弟を見つけた時に晋太郎が喜ぶ場面。母親が再婚した相手との息子で、8歳下で興銀頭取となる西村正雄。「天涯孤独と思い込んでいた晋太郎は、西村という異父弟の存在を知り、まるで子供のように喜んだ」。西村は入院した晋太郎の病室に通って足をもみ、死を看取ったという。
そして晋三が出てくる。続きは次回。
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