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2017年8月18日 (金)

写真美術館を巡る

最近、恵比寿の東京都写真美術館で始まった展覧会を3つまとめて見た。10月15日まで開催の「エクスパンデット・シネマ再考」展、9月24日まで開催の「荒木経惟 センチメンタルな旅 1971-2017」展、9月18日まで開催の「コミュニケーションと孤独」展。

実は、先ほど書いた順番に期待していたが、見た満足度は全く逆だった。「エクスパンデット・シネマ再考」は、何といっても既視感が強い。松本俊夫や飯村隆彦、城之内元晴たちの安保闘争を交えた映像は、どれもどこかで見ているし互いに似ていて、飽きてしまう。

今では何でもありの映像の世界で、この種の60年代から70年代にかけての実験的映像が力を持つのはなかなか難しい。多くの資料が展示されていたのは重要だが、冊子やパンフなど触って読むわけにもいかないし。「具体美術」とか「ハイ・レッド・センター」などの美術展は大好きなのに、この種の映像展示が苦手なのは、自分が映画を教えているからだろうか。

荒木経惟の展覧会は、これまで実にたくさん見た。写真家自身が出たがりでナルシストでそれが写真に出ているので、最近はちょっとうんざりしていた。その点、今回は妻の陽子に絞ったもので、彼の展覧会にしてはずいぶん禁欲的だ。

確かに、結婚前の幼い感じの陽子の写真から有名な「センチメンタルな旅」を経て、その後旅行を含めて一緒に過ごしている時間が写り、亡くなった前後の写真やその後のベランダの写真まで出てくる。一つ一つ見てゆくと、まさに「センチメンタルな」気分になってくる。60年代後半からの東京の変容も感じられる。

「コミュニケーションと孤独」展は、美術館所蔵の写真から、10人ほどを選んで一部屋ずつ見せてゆく。北島敬三、中村ハルコ、やなぎ みわ、石内都、森村泰昌、オノデラ ユキ、ホンマ タカシといった既知の写真家がいたので安心したのかもしれない。

知っている写真家のなかでは、北島敬三の肖像写真が一番びっくりした。建物を正面から端正に撮った写真を覚えているが、人を正面から撮るとこうなるかと怖くなった。

たぶん初めて見た写真家では、中国のLGBTの若者たちを追いかけた菊池智子と孤独死をした老人の部屋を撮った郡山総一郎にショックを受けた。郡山の写真の、シーツに残る体のシミが何とも言えない。これが世界の現実だと思う。

そんなこんなで、やはり写真美術館は楽しい。

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