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2017年8月20日 (日)

「遠藤利克展」を見に北浦和へ

ミシュランガイドに「遠回りしてでも訪れる価値がある」という表現があるが、自宅から1時間近くかかる埼玉県立近代美術館に「遠藤利克展」を見に行った。この作家はたぶん1990年のベネチア・ビエンナーレで見たのが、私は最初だと思う。

その直後に「東高現代美術館」というバブル期の建物で小さめの個展があったほかは、美術館での大きな個展は初めてではないか。90年代はグループ展ではよく見たし、私が関わった2001年の横浜トリエンナーレでは、展示に使った塩が床を腐食して問題となったのを記憶している。

この作家の作品は、まず大きい。今回も《泉》という作品は、真ん中に穴の開いた大きな丸太のような棒の長さが19メートルもある。だから企画展示室に加えて入り口や中央の吹き抜けまで使っても、たったの12点しかない。その多くは火を使って焼かれた真っ黒な木の彫刻だ。

舟の形をしていたり、大きな棺を思わせる形だったり、あるいは円柱が何本も立ち並んでいたり。地球の根源のような焼けた木から、人間存在の基本となる神話や物語が立ち現れてくる。

展示は多くの壁を使って入り組んでいる。だから次の部屋に新しい作品が出てくるたびに驚く。《無題》という作品は、広い部屋にギリシャ神殿のような円柱(真ん中は空洞)が12本並んでいて、それが現れた時に私は思わず「おお」と声を挙げた。

あるいはその手前にある10メートルの《空洞説―木の舟》の次の部屋には19メートルの《泉》があり、最初は《泉》は見えないが、中間地点からは2つの作品を左右に見渡すことができる。

そして水を使った作品が2つ。《Trieb―ナルチスの独房Ⅱ》は鉄でできた水槽に水が入って中に金属の管があるだけ。ブクブクと泡がでているが、これだけでなぜか人間の文明そのものを感じる。《Trieb―振動2017》は、水を張った2つの木の壺の向うに鏡があるが、反対側には鉄の壁があって、そこから大きな水の流れる音が聞こえる。

そして最後の《空洞説―薬療師の舟》は2階から地下2階が見える吹き抜けを使い、舟のマストが上から吊られている形になる。作品リストを見たら、すべてが2000年以降の作品で驚いた。

見ていると、体がざわざわしてくる。それだけ身体的に迫ってくる。私にとっては今年一番の展覧会かもしれない。副題は「聖性の考古学」で、8月31日まで。常設展示室にも《泉―9個からなる》という丸太が9個ごろりところがった作品があった。これは1989年のものだった。これと比べると最近の作品の方が洗練度を増している気がした。

何十年も愚直に同じような作品を作り続けることが、一番重要なのだろう。

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