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2017年9月 6日 (水)

ベネチア・ビエンナーレに安心

この10年ほど前から、現代美術がわからなくなった。コンセプトを造形的な力で見せるタイプはだんだん減って、参加型とか思いつきネタ型とか映像ごまかし型が多くなって、深く考えさせるものがなくなった。2年ごとに開催されるベネチア・ビエンナーレもその傾向が強いので、今回も心配だったが行ってみた。

ところがそれは杞憂だった。どこの国の館もテーマ館も、コンセプトを視覚化、造形化することに重点を置いた重厚な作品が揃っていた。国別で金獅子賞のドイツ館は、アンネ・イムホフという39歳の女性によるもの。1993年にこの館はハンス・ハーケが床の石を全部砕いて金獅子賞を取ったが、今回は床下を掘って空洞にして床に鉄骨とガラス板を敷き詰めたもの。

ギシギシと音を立てながら歩くだけで、この建物自体が揺らぐような感じ。オープニングではここでパフォーマンスがあったというが、なくても十分にもつ。1934年にヒトラーが訪れた歴史を持つこの館ならではの展示だった。

ドイツと言えば個人別の金獅子もドイツ人だった。77歳のフランツ・エルハルト・ヴァルターはカラフルな布を使ったコンセプチュアルな作品をアルセナーレ(兵器工場跡)に展示していた。こちらは日本で言えば彦坂尚嘉クラスの前衛の巨匠に対して敬意を表す感じだろうか。

国別の銀獅子賞はブラジル館だったが、これも建物全体を使っていた。斜めに傾いた床に鉄格子がはめられ、そのすき間のあちこちに小石が置いてある、白い旗が何本も立っていたり、テレビモニターがあったり。そしてあちこちから奇妙な雑音が聞こえてくる。しばらくいると、なぜかそこから現代世界が見えてくる。

日本館の展示も悪くなかった。作家は岩崎貴宏で、真ん中の床に古着がいくつも積んであり、周りに神社の模型のようなものがぶら下がっている。古着の真ん中に穴があって、下の会場を見に行った人の顔が覗く設定がおかしい。ちょっと洗練され過ぎて、コンセプト力は弱いか。

そのほかイギリス館のフィリダ・バーロウのカラフルでグロテスクな造形が部屋を埋め尽くし、外にまではみ出しているのはかなりよかった。ロシア館は3人の展示だったが、真っ白の小さな人形が黒の背景に並ぶさまは面白かった。影を使った展示や白黒の映像も際立っている。

中央のテーマ館はどの作家もよかったが、とりわけオラファー・エリアソンの「グリーン・ライト」は中央の大きな位置を占めたインスタレーションがすばらしい。天井からぶらさがる物体やところどころに光る緑の光からは、人間の視覚を歪ませる不思議な力を感じた。

本当はあと5、6人作家の名前を並べたいが、見ていない人にとっては退屈だろうから、このへんで止める。自分がまだまだ世界の現代美術を楽しめることがわかって、妙に安心した。

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