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2017年9月19日 (火)

ベネチアで読む『ぼんち』

10年近く前にベネチアに行った時、山崎豊子の『沈まぬ太陽』全5冊を読んだ。たぶんその時来ていた朝日の記者から借りたと思う。おもしろ過ぎて、するすると読んだ記憶がある。それもあって、今回ベネチアに行く時に持って行った一冊が同じ山崎の『ぼんち』。

市川崑監督、市川雷蔵主演の映画化作品はだいぶ前に見たが、大阪弁のコテコテの世界をいつか小説で読みたいと思っていた。読んでみると、やはりそのコテコテ感は映画以上だった。

戦前の大阪船場の足袋問屋「河内屋」を舞台に、その長男、喜久治の20歳から20年ほどの日常を描く。母(御寮人はん=ごりょんはん)の勢以、祖母(お家はん=おえはん)のきのは共に番頭を養子に取った女系家族で、家のことはすべて2人で決める。

そのしきたりの細かさは、どの国のどの時代でもない聞いたことのないくらい。息子の喜久治の結婚相手を砂糖問屋の成金の娘に勝手に決めて、子供ができたら追い出すのが冒頭に来る。嫁の弘子に「あなたのお荷物これだけだっか」「夏の帷子と紗の羽織がたりまへん、ご承知やろけど、船場では更替のしきたりというのがおます」といびる。

そして大根を大切りにした嫁に「弘子はん、船場には食べものにまで家のしきたり云うもんがおますねん、お芋のきり方、大根の刻み方一つにしても、うちへ来たら、わてとこの家風を守りなはれ」と言う。こう書き写すだけで、もうねっとりと船場の老舗のよどんだ空気が伝わってくるようだ。

すごいのは、弘子が子供ができたかを知るために、母と祖母が弘子の用便後こっそりと交代で便所を確認に行くところ。あまりにえげつなくて、とてもここには書けない。子供が生まれると、弘子は難癖をつけられて、とうとう追い出される。夫の喜久治は気の毒に思うが反対できない。

そして喜久治はどんどん妾(「てかけ」と読む)を作る。芸者から素人まで4人。その一方で仕事に精を出し、みんなを養ってゆく。戦時中になると4人の女が徴用されないように手を伸ばし、一緒に自宅の蔵で暮らさせる。しまいには大金を渡して田舎の寺に住まわせる。

そして戦争が終わり、4人の女を迎えに行くところで小説は終わる。女の一人は言う。「これで、とうとう、誰も本妻になられへんかったわ」。ベネチアで映画祭のプレス上映の列に並びながら、私は戦前の船場の問屋の奥深くに生きていた。大阪は私にとっては、ベネチアよりも外国だと思った。

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