『彼女がその名を知らない鳥たち』の衝撃
10月28日公開の白石和彌監督『彼女がその名を知らない鳥たち』の試写を見た。この監督は『凶悪』で注目を集めたが、現代社会の問題を直視しながら人間の奥に潜むとんでもない悪を描く名手だと思った。
今回もそれは変わらない。主人公の十和子(蒼井優)は働きもせず、工事現場で働く同居人(阿部サダヲ)の陣治から小遣いをもらいながら、好き勝手に生きている。十和子はかつて自分にひどい仕打ちをした恋人の黒崎(竹野内豊)が忘れられない。そして黒崎の面影を持つ百貨店勤務の若い男、水島(松坂桃李)と付き合いだす。
十和子を含む4人の主要人物がいわゆる「ゲス」な奴ばかり。普通はこの誰とも友達になりたくないし、最初は見ていてつらくなる。冒頭、狭い部屋の中で十和子が強烈な関西弁でクレーム電話をしている場面で、「ああ、見たくない」と思う。
ところがその大阪弁があまりにリアルで驚く。恋人の陣治は一日に何度も電話してくるが、十和子は相手にしない。そして陣治は帰宅すると十和子のために食事を作り、マッサージをしてあげる。ドジで不潔な感じを終始振りまく陣治を十和子は軽蔑する。
彼女は百貨店へのクレームをきっかけに担当の水島と会って、関係を持つ。既婚者の水島はいかにもいそうな軽いいい加減な男だし、彼女が思い出すかつての恋人、黒崎も自分勝手なナルシストにしか見えない。
十和子のところに刑事が訪ねてきて、黒崎が5年前から失踪していると告げたあたりから、だんだんとサスペンスが動き出す。いったい、黒崎に何が起こったのか。そして水島はどうなるのか。
何より、蒼井優の存在感がすごい。まわりの3人の男がいささかカリカチュアに描かれている分、一人でリアリティを背負う。何度かあるベッドシーンも迫力満点。ヌードこそ見せないが、声や体の動きは強烈だ。そして彼女の奥に3人の男たちを超える悪が見えてくる。
刻々と迫るサスペンスに加えて、終盤は血みどろのバイオレンスも出てくる。人間の情念の末路を見ているような重い気分だったが、終わってみるとどこかファンタジーの味わいもあった。本当に嫌な人間ばかり出て来たのに、最後は妙にいとおしくなる。この感じは白石監督の新境地だろう。今年後半の最大の話題作となるに違いない。
| 固定リンク
「映画」カテゴリの記事
- ドキュメンタリーを追う:その(1)ワイズマンからランズマンへ(2024.12.10)
- 『オークション』を楽しむ(2024.12.04)
- 東京フィルメックスも少し:その(2)(2024.12.02)
- 映画ばかり見てきた:その(2)(2024.11.30)
- 深田晃司『日本映画の「働き方改革」』に考える(2024.11.26)
コメント