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2017年9月 2日 (土)

ベネチアもこれで最後か:その(2)

着いた翌日に財布を落としたと勘違いした事件もあったが、今日は映画のことを書きたい。ここ数年のベネチアは、前半にアメリカ映画の話題作が集まることが多い。『ゼロ・グラヴィティ』『バードマン』『ラ・ラ・ランド』などがこれまでオープニングに並び、ベネチアはいつの間にかアカデミー賞争いの前哨戦となった。

アカデミー賞はベネチアの1週間後のトロント映画祭で観客賞を取ることが重要なので、そこに行きそうなアメリカ映画はベネチアの前半に集中するという仕組みができた。今年だとオープニングのアレクサンダー・ペイン監督の「ダウンサイジング」Downsizing、ポール・シュレイダー監督の「第一改革派」First Reformed、ギレルモ・デル・トロ監督の「水の形」。The Shape of Water

3人とも巨匠の作品だが、この中で一番おもしろかったのはギレルモ・デル・トロ監督の「水の形」。1960年前後の冷戦期のアメリカを舞台にした奇妙なファンタジーで、言葉の不自由なエリザが勤める謎の研究所でモンスターと出会う話。

窓がなく緑の壁の研究所でエリザと同僚のゼルダは、ある水槽に半魚人のようなモンスターが飼われているのを知る。エリザは次第にモンスターと心を通わし、同居人の画家やロシアのスパイの男と組んでとんでもない行為に出る。

あえて50年代のB級SFのようにチープに作ってあるが、そのぶん詩的な雰囲気は一杯だ。そしてソ連のスパイ組織や探偵のような研究所の幹部などフィルムノワールのような色合いが漂う。いつも緑の服を来たエリザが恋をして真っ赤な服を着たり、家の中に水をためて泳いだりとファンタジー溢れるシーンもいっぱいだ。これは間違いなくアカデミー賞候補だろう。

アレクサンダー・ペインの「ダウンサイジング」は、近未来の話。環境保護のために人間を手の指ほどの大きさに小さくする技術ができて、それに志願した人々は「レジャーランド」と呼ばれるこびとの国で楽しく暮らし始める。ポール(マット・デイモン)は妻のオードリーとそこに行く決心をするが、ポールが小さくなると妻は途中で逃げ出したことを知る。

ポールは寂しく暮らすうちに、隣人(クリストフ・ヴァルツ)の家に来ているベトナム人のメイドに連れられて、ヒスパニックの集まる貧しい集落(これもダウンサイジング)を知る。そこからポールはこの技術が発明されたノルウェーへ向かう。話は冗談のように奇想天外に進むが、そこにあるのは人間への深い洞察だ。

ポール・シュレーダーの「第一改革派」は、プロテスタントのまじめな牧師トーラー(イーサン・ホーク)はまじめすぎて、だんだんおかしくなる。彼を頼る夫婦の夫が自殺することでひどくなり、その妻のメアリーに近づく。全体が眩暈のするような宗教的な言葉で満たされていて、後半は幻想的な画面が続く。たぶん日本での公開は難しいが、とんでもない力作の珍品だ。

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