ベネチアもこれで最後か:その(1)
また、ベネチア国際映画祭に来てしまった。最初が1992年だから、もう25年前。2001年にイタリア映画祭を始めることになり、99年頃から毎年のように通っていた。その習慣が、今でも続いている。
それでもかつては滞在は長くて1週間弱だった。話題のイタリア映画を数本見て関係者と食事をした後は、ローマで試写を組んでもらった。日経新聞などに報告を書くために、コンペを全部見るようになったのは、4年前。さすがに見ていない映画が賞を取ると困るので、コンペを全部見るのに最低必要な9泊をして、毎日朝から晩まで映画を見る。それがきつくなった。
カンヌの場合は、何もしなくてもコンペには世界から一流監督の作品が集まる。そこに新たに発掘した新人を少しだけ加えたらよい。だから全体にレベルが揃っている。悪く言えばマンネリ。ベネチアやベルリンは、それができない分、あえて特色を出すために毎年変わった作品をかなり入れる。その冒険というか趣味に全部つきあうのがつらい。
それでも大学の教師が年に一度海外に行くのに、時期的には一番いい。何となく夏の終わりになると、ベネチアのリド島を思い出してそわそわしてくる。そして今年も来た。
最初の一番のできごととは、アイフォンのSIMカードをパリで買って、差し替えたこと。去年パリにやってきた教え子がそうしていたのを見て、今回やり方を聞いた。
まずアイフォン上で、SIMロック解除の手続きをやる。これは出発前にやった。パリについて乗り換えの間に、SIMIカードを買った。これは書店のお兄さんに「初めて買う」と言って説明してもらい、2週間ヨーロッパじゅうで使えて電話が2時間、ネットは10ギガまでとなった。ふだんは日本で1月分で7ギガに契約しているから十分なはず。
問題は入れ替え作業で、アイフォンの備品の細いピンを差し込むと、カードがでてきた。その空いた場所に新しいカードを差し込むとおしまい。簡単なようだが、カードは5ミリ四方くらいで本当に小さい。空港で慌ててやるとあぶないので、カフェの広いテーブルに陣取って落ち着いて作業した。
パスワードなどをいれるとすぐにネットにつながってびっくり。もとのカードは大事に保管した。これで40ユーロだから5000円もしない。日本から海外用WIFIをレンタルしたらその倍はかかるし、電話もレストランの予約など日本のアイフォンでやると2週間で2000円くらいかかる。
そのほか、ベネチア空港の船着き場が新しくなっていたり、行きつけのレストラン「ヴァレンチノ」でホタテ料理がなくなっていたりといろいろ変化はあるが、それはまた後日。とりあえずはSIMカード交換万歳だが、電話番号が変わったので、日本から緊急でかけても繋がらないと考えたら少し怖くなった。
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