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2017年10月24日 (火)

メルヴィルから超絶技巧へ

銀座で少し時間が空いたので、展覧会を2つ見た。1つはフィルムセンターで12月10日まで開催の「生誕百年 ジャン=ピエール・メルヴィル、暗黒映画の美」展。会場に着いたら、70歳くらいの男性に話しかけられた。「今日はメルヴィルが生まれて100年目の誕生日ですね」

それは全く意識していなかった。そういえば、少し客が多い気がした。ジャン=ピエール・メルヴィルは、日本では『サムライ』(1967)や『仁義』(1970)などのアラン・ドロンが出てくるギャング映画が有名だ。

ところが彼の最初の監督作品は『海の沈黙』(1949)。この展覧会では彼が監督した13本の映画を、オリジナル・ポスターに加えてイタリアやドイツのポスター、スチル写真、雑誌、プレス資料などで均等に見せてゆく。オリヴィエ・ボレールという個人のコレクションのようで、最後にフィルムセンター所蔵の6作品分の日本のポスターが並ぶ。

最近、ヌーヴェル・ヴァーグのことを調べていて、彼の『海の沈黙』とアニエス・ヴァルダの『ラ・ポワント・クールト』(54)がその先駆的作品だったことを知った。つまり、助監督などの現場経験のない人間が、映画会社の予算もなく配給の目途もなく勝手に自主制作したはしりがこの2本という。

確かに今の目で『海の沈黙』を見ると、ずいぶん前衛的な映画に見える。ほとんど何も話さないフランス人の男と娘に対し、ドイツ人の将校は一方的に話す。そしてドイツ兵は出てゆく。それ以外は何も起こらない。

次の『恐るべき子供たち』(50)は30年以上見ていないのであまり記憶にないし、『この手紙を読むときは』(53)は見ていない。そして『賭博師ボブ』(56)になると、もう手慣れたギャングもののように見える。

ゴダールが『勝手にしやがれ』に出演を依頼したのは『賭博師ボブ』を見てからだと思っていたが、『海の沈黙』から目指すべき道として尊敬していたのかもしれない。『この手紙を読む時は』のDVDはフランスから買ってあるので早く見ないと。

オーソドックスにまとまった展覧会を見ながら、メルヴィルの全体像を改めて考えた。権利の関係だろうが、映画の部分映像が最初のドキュメンタリーの抜粋と後半に少しあっただけだったのが残念だった。

もう1つの展覧会は三井記念美術館で12月3日までの「驚異の超絶技巧!―明治工芸から現代アートへ」展。明治工芸の超絶技巧の展覧会は前に同じ美術館で見たが、今回は現代が半分あってちょっと興ざめ。うまいけれど現代だったら何でもできてあたり前。

象牙をくり抜いて着色して精巧な野菜を作る安藤緑山や、小さな極彩色の花を散らした七宝焼きを作る並河靖之のような明治の天才たちの作品が今回も見られたのはよかったけれど。

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