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2017年10月21日 (土)

後篇が見たくなる『あゝ荒野』

岸善幸監督の『あゝ荒野』前篇を劇場で見た。宣伝をしている知り合いが本音でほめていたし、劇場で見た友人も絶賛していた。私が見た感想は、「そこまででもないけど、後篇を見たくなった」

最近のインデペンデント映画の長尺の傑作だと、園子音監督『愛のむきだし』(2009年、237分)、瀬々敬久監督『ヘヴンズストーリー』(2010、278分)、濱口竜介監督『ハッピーアワー』(2015年、317分)などが記憶にあるが、『あゝ荒野』はこれらの3本のような衝撃はない。

しかし、うまい。オーソドックスに観客を乗せてゆき、前篇を見た後は後篇を見ないではいられない気分にさせる。原作は寺山修司というが、この映画には、テラヤマ的な1960年代の部分と東京オリンピック後の絶望的な日本の風景がうまく噛み合っている。

舞台は2021年の歌舞伎町あたり。21歳の新次(菅田将暉)は3年間の少年院暮らしから出てきたばかりで、家も仕事もない。少し年上の健二(ヤン・イクチュン)は床屋で働くが、吃音障がいで対人恐怖症。この2人がひょんなことで出会い、そこに立ち会った元ボクサーの堀口(ユースケ・サンタマリア)に誘われて、ボクシングを始める。

新次は母親に捨てられて施設で育ち、振り込め詐欺に手を染めた暗い過去を持つ。健二の亡くなった母は韓国人で日本人の父親(モロ師岡)は暴力をふるい、息子の給料を奪う。新次が出会ってお金を持ち逃げされる芳子は、震災後故郷に母を残してきた過去がある。

ほかにも「暗い過去」を持つ人々がそろい、新次と健二を中心に時々過去の映像を挟みながら、ボクシングでのプロデビューへ向けて話は進む。この過去のテンコ盛りがテラヤマ風だし、そのうえに「自殺抑止研究会」という60年代的な団体まで出てきて、健二の父が巻き込まれる。

ところが主人公2人は、今もどこにでもいそうな感じで、ドキュメンタリーのように自然そのもの。元ボクサー役のユースケ・サンタマリアや雇われコーチ役のでんでんも、そのまんまの「地」を見せる。

とりわけボクシングのシーンがうまい。手持ちのカメラでリアルに追いながら、時々スローモーションで盛り上げる。どちらが勝つか本当に終わるまでわからないほど臨場感がある。主人公のリング名が「新宿新次」と「バリカン健二」というのには声を出して笑ってしまったが、随所にユーモアもある。

前篇157分は自殺抑止研究会のあたりが少し退屈したが、どんどん盛り上がった。前篇で2人がプロデューして新次は勝ち続け、健二は負ける。後篇147分でこの2人が対決するようだが、まるで小さい頃に毎週見ていたテレビの「あしたのジョー」のように楽しみ。 

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