『まともな男』のまともさ
11月18日公開のスイス映画『まともな男』を見た。試写はたったの2回なので、ほとんどの評論家や映画記者はたぶん見ていないだろうが、これがなかなかの出来。設定としては、2年前に公開された『フレンチアルプスで起きたこと』に近い。
つまり、家族でスキーに行ったら、思わぬ事件が起きて夫はとんでもない悪者にされてしまう話。『フレンチアルプス』はある種シュールな笑いのようなものがあったが、こちらはもっとリアルに攻めてくる。
この映画では、スイスに住む家族が近くの山に1週間行く。朝早く出たら昼には着く感じなので、『フレンチアルプス』のようにスウェーデン人家族が贅沢をしてフランスの山に行くのではない。
子供は15歳の女の子ジェニー1人だが、主人公トーマスは上司に頼まれてその娘のザラを連れてゆくはめになった。これがまず、妻や娘は気に入らない。スキー場に着くと、ジェニーとザラは地元の青年セヴェリンに誘われてパーティに行く。迎えに行って泣いているザラを見つけて聞くと、セヴェリンにレイプされたが誰にも言わないでと頼まれる。
そこからトーマスの小さな嘘が始まって、それは雪だるま式に大きくなり、自分以外のほぼ全員を敵に回すことになり、あげくは大事故が2つも起こる。トーマスが優しくていい奴、つまり「まともな男」なだけに、それが一つ一つ身に沁みる。そのうえ、小説家の妻の心は夫から離れていて、妙な勘繰りばかりをする。
トーマスが酒を飲むと性格が変わることも含めて、私には他人ごとに思えなかった。たぶん中年男性の多くはそう思うのでは。93分の映画だが、とにかく脚本がうまい。ちょっとした一言や行動から思わぬ結果に発展する感じを巧みに積み重ねて、一瞬たりとも退屈させない。
原題はドイツ語のNicht Passiert(=何も起こっていない)で、映画の結末では何もなかったかのように主人公の生活は続くのが恐ろしい。監督は72年生まれのミヒャ・レビンスキー。既に長編が4本目だが、その前に何本か脚本作品があるのを読んで、これは明らかに脚本家の映画だと納得した。4本の監督作品もすべてオリジナル脚本。
『フレンチアルプス』のリューベン・オストルンド監督ほどの天才的な破壊性はない。しかし小粒だがしっかりした佳作なので、特に脚本家志望の学生には見て欲しい(と最近は思うほど先生稼業が身についてきた)。
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