なぜか『情事の終わり』を読む
自宅の近所にできた「かもめブックス」という書店は、小さいのに品揃えが抜群だ。まるでセレクトショップのように、「いい感じ」の本が並んでいる。そこで何気なく買ったのが、グレアム・グリーンの『情事の終わり』。
新潮文庫版だが、肌触りのよいカバーの紙に、傘を差した女性の影が水に写っている写真が使われた表紙。そのうえ帯に「不倫の恋は終わったはずだった。そう、嫉妬に狂った作家が奇妙な監視を始めるまでは」と書かれていて、買ってしまった。
グレアム・グリーンという名前は、サマセット・モームやジョージ・オーウェルなどと共に、高校生の時に英語の授業で習った。先生が英米文学に詳しかったのだと思う。モームやオーウェルはその後翻訳を読んだが、グリーンはたぶん初めて。
これが、読みづらい。上岡信雄氏の新訳で実にこなれた日本語だが、内容そのものがきつい。設定は抜群におもしろいのに。愛人と別れたばかりの作家が、愛人の夫と会う。夫は妻の不審な行動を気にして、探偵を雇おうと考える。ところが作家も愛人のその後を知りたくて、彼の方が探偵を頼んでしまう。
愛人は何と教会に近づいていた。そして彼女は牧師と仲良くなる。探偵は自宅から彼女の日記を盗み出して作家に渡し、作家は女の本心を知る。作家は再び女に近づくが、うまくいかない。そうしているうちに女は突然死んでしまう。作家は何とその夫の希望で、夫と暮らし始める。
こんなあらすじを書くと波乱万丈でおもしろそうだが、問題は登場人物がみんな悩むこと。主人公も、愛人もその夫も牧師も。探偵までもが悩む。みんな神を信じていないようだが、そのこと自体を考えて始終思い悩む。
好きなシーンは、小説家が愛人と別れるきっかけとなった1944年6月の夜。自分の家で情事の後にドイツの新型ミサイルが飛んでくる。玄関が空襲で壊されて、見に行くと次の爆発でやられてしまう。彼女は言う。「そんなに恐れることはないわ」「愛は終わらない」
彼女の日記ではこうなる。「人は互いに会わなくても愛し合えるものですよね、人はあなたのことを見なくても生涯あなたを愛しているのですから。そのとき彼が戸口に現われ、生きていて、私は悟った。彼なしで生きてゆく苦悩が始まるのだ。私は彼がドアの下で元通り死んでいてくれればと思った」
たぶんもう一度読めば、心理の微妙な襞に入っていけるかもしれないが、今の自分にはその勇気はない。映画の見過ぎで直接的な刺激に慣れてしまったのかもしれない。昔は文学青年だったはずだが、もはや「文学」ははるか遠くなってしまった。
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