『春に散る』を単行本で読む
沢木耕太郎の『春に散る』上・下を単行本で読んだ。「朝日」の朝刊に2015年4月1日から16年8月31日まで連載されていたもので、当時から楽しみに読んでいた。9割は新聞で読んだ気がする。
「朝日」は紙の新聞代に500円足してデジタル会員にもなっているが、そのきっかけとなったのが、この小説の連載。15年の夏休み、2週間パリやベネチアに行く時にこれをネットでも読みたいと思って会員になった。
そして16年の3月からパリで6ヵ月過ごした。その時は、朝起きるとコーヒーを飲みながら、パソコンで「朝日」を紙面イメージで読むのが日課となった。その時によほど急いでなければ、文化面や家庭面下のこの連載小説を読んだ。
なぜそんなに惹かれたのか。実はこれは傑作などとはほど遠いことは、連載時からわかっていた。沢木耕太郎はやはりノンフィクションの方が断然おもしろい。実際に起こったことの背景に実はドラマがあったことが、繊細な描写によってわかってゆくからだ。いささか作り過ぎではないかとも思いながら。
ところが小説だともともとが作り物なので、ドラマチックな細部がバカバカしく見えてくる。この小説もあらすじを書くと、恥ずかしいくらいありえない物語だ。
かつてボクシングで同じジムに所属して四天王といわれた20代の4人のボクサーは、結局誰も世界チャンピオンになれずにボクシング界から去った。40年後にそのうちの1人がアメリカから帰国したのをきっかけに4人が再会して、一緒に住み始める。そして偶然に会った20代のボクサーを4人で鍛えて世界チャンピオンにする。
こんなクサい話になぜ夢中になったのか。それはたぶん自分が子供の頃にアニメの『明日のジョー』を見ていたことが大きいかもしれない。ほかにも『巨人の星』とか『アタックナンバー1』とか元祖スポコンアニメが大好きだった。ああ、恥ずかしい。
だからこの小説で主人公の広岡が真拳ジムを40年ぶりに訪れて元会長の娘を「お嬢さん」と呼ぶシーンなどは、『明日のジョー』のジムの会長の孫の白木葉子を思い出した。実際にこの連載や単行本で使われたイラストの「お嬢さん」は白木のイメージに近かった。あえて言えば60代の元ボクサーたちは丹下段平だし、彼らが会う若いボクサーは矢吹丈。
だからこの小説をむさぼり読んでいる姿は、あまり見られたくなかったかもしれない。自分の奥底にあるスポコン的なメロドラマ願望が、この小説で呼び覚まされた気さえした。そして実は連載時も単行本でも読みながら何度も泣いてしまった。50代後半にして、急にコアな弱点をつかれた思い。
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