「1968年」展に酔う:続きもう1回
もともとこの展覧会は、3年前に東大闘争資料5000点と日大闘争資料1万5000点を受け入れたことから始まったという。東大に関しては議長の山本義隆氏がビラなどをすべて整理して出版していたが、日大資料の整理は「未開拓分野」だった。
1968年の大学闘争は日大と東大が代表格だった。だからこの2つの資料が国立の博物館で永遠に保存されることの意義は大きい。展覧会の第2部は1965年の慶大や早大の学費値上げ反対闘争や京大の自衛官入学反対闘争から始まる。
そして68年、日大の経理不正と東大医学部のインターン制度問題が炸裂する。さらに九大に米軍機が落ちる。日大では総決起集会に暴力部隊が突入してバリケードが始まり、東大では安田講堂占拠と機動隊導入で全学ストライキに発展する。
おもしろかったのは、日大で「すべての女子学生、立ち上がれ!!」という女子向けのビラがあったこと。「女子学生というだけでこの状況を傍観してはならない」と書かれている。「既存の女性観を打ち破るために今こそ行動を!」というビラもある。日大闘争を撮った佐々木美智子氏による女子のみのデモ風景もあって、なかにはミニスカート姿もいる。
日大闘争で一番有名なのは、9月30日の最大時3万5千人と言われる学生と大学側の団体交渉で、学生が勝利したことだ。午後4時から午前3時までの交渉はB4で13枚のわら半紙に記録されている。一部しか見せていないが、全文を読んでみたい。
しかしその団交勝利は佐藤首相に否定され、日大首脳部も理事総退陣などの約束をホゴにする。日大闘争は行き場を失って、東大闘争や三里塚に流れる。会場には日大闘争や東大闘争の映像もあって、みんな見入っていた。弘前大や広島大や北大や京大などに広がった資料も各大学から借りて展示されている。
北大の所蔵している文部省大臣官房会計課による1969年11月末の「国立大学施設占拠の状況調」のようなマル秘文書もある。あるいは広島大は「大学紛争被害写真」として、落書きの写真を何枚も撮り、施設への被害調査をしている。今、それらがすべて対等に博物館に並ぶ。
展覧会は大学管理法の成立やウーマンリブの発生で終わる。その後の内ゲバやよど号事件やあさま山荘事件などについては触れない。だからあまり落ち込まずに会場を去ることができる。
さてこの展覧会について3回も書いたけれど、実はカタログを見ながら書いた。ビラは会場では字が小さくて見出しくらいしか読めない。カタログでようやく中の文章まで読めた。それでもわら半紙の感じは現物をみないとわからない。みなさん、遠いけど佐倉へ行きましょう。12月10日まで。
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