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2017年12月 5日 (火)

アルベルト・セラを初めて見る

これまで何度か名前を聞いたアルベルト・セラの映画を初めて見た。難解という評判は聞いていたが、『鳥の歌』(2008)は同じカタロニア出身のパブロ・カザルスの有名なチェロ演奏をモチーフにしているようだからわかりやすいかと思って見に行った。

ところがこれがもう「禅」のような映画だった。全編シャープな白黒で、固定ショットのみ。「鳥の歌」の音楽が聞こえるのは、98分のうち1時間くらいたってからほんの数分。

まず3人の老いて太った男たちが、「あっちだ」「こっちだ」と砂漠を歩き回っている。この3人が遠ざかってゆくショットがじっくり写る。そしてだんだん夜になる。あるいは明るい中をこちらに向かって歩いてくる。一度だけ、天使のような若い女性が出てくる。

それから羊を飼うヨゼフとマリアが出てくる。これはキリスト生誕の物語で、先ほどまで出てきたのは東洋の三賢人だったのかと悟る。そこに天使も出てくる。そして三賢人が近づくと、マリアは赤子を手にしている。鳴り響く「鳥の歌」。3人は汚い池で体を洗うが、なんだか不潔。

そして3人は去ってゆく。死にそうなくらい息も絶え絶えに歩きながら。それだけである。それでも映像の強度が脳裏に残る。聖なるものを滑稽に描くことから生まれるエモーションがある。

『ルイ十四世の死』は去年のカンヌに出てジャン=ピエール・レオーがルイ十四世を演じることもあって、話題になった。実際に見てみると、やはり太陽王の死ぬ前の数日を演じる彼の存在感が強烈だ。

『鳥の歌』と同じくカメラは動かないが、今回はカラー。しかし冒頭を除くとすべてが王の寝室で115分が繰り広げられる。すごいのはそれがすべて蝋燭の火で撮られていること。朝から晩まで窓は締め切られており、すべてが揺らめく蝋燭のなかで進んでゆく。

最初は王が夕暮れ時に外を散歩して「もう帰ろう」。その後に室内で時間を感じるのは朝の小鳥のさえずりや、夜の虫の鳴き声など。一度だけ隣の部屋のカーテンが少し開けられて、日の光がうっすらと見える。

最初は王様の周りに女たちが集まり、彼が卵やビスケットを食べるごとに拍手をする。しかし病状は日に日に悪化し、パリ大学医学部の医師たちが来たり、マルセイユの怪しげな薬を持つ医師が来たり。

途中からは王様が何を言っているのかわからないこともある。それでも周囲は水を飲ませ、体を拭く。荘厳さと滑稽さが混じり合うなかで、王は死んでゆく。実は死後にとんでもない場面があるが、この映画は5月に公開が決まったというので、伏せておく。

この監督が、アートとしての映画のある頂点にいることは間違いない。

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